YOKAI (妖怪) in New York 第22話 図書館に住みつく幽霊

YOKAI (妖怪) in New York
第22話 図書館に住みつく幽霊

ニューヨーク公共図書館正面
 マンハッタンの5番街にあるニューヨーク公共図書館は歴史を感じる荘重な建物で映画「ゴーストバスターズ」の舞台にもなった。
写真右:ニューヨーク公共図書館正面
この映画は1984年の北米映画興行第1位になり、そのため映画に出てくる老女の幽霊、通常は静かに読書をしているが、読書の邪魔をすると怒ってものすごい形相になるというライブラリーゴーストは図書館の幽霊として子供から大人にまで知られている。

図書館1階ロビー
 このニューヨーク公共図書館は入ると劇場か美術館といった雰囲気がある。
写真左:図書館1階ロビー
小便が近い僕にとっては、ここもトイレを借りるのに好都合な場所だ。夏は涼しく冬は暖かい。入った右手の売店でコーヒーでも注文して椅子に座っていれば1時間でもねばれる。

 
 だが奥の自習室に入ると様相は変わり、アンティークの書棚、手元を照らすライトなど、まるでハリーポッターに出てくる「魔法学校」のようで、箒に乗って飛んでいけそうな気分に襲われる。
写真下:ニューヨーク公共図書館閲覧室
ニューヨーク公共図書館閲覧室

 この図書館は日本の妖怪ともつながりがある。様々な妖怪の群れを描いた『百鬼夜行絵巻』は日本国内にも数多くあるが、なんとその絵巻物の一つがスペンサーコレクションとしてこの図書館に所蔵されているのだ。百鬼夜行絵図の中でも珍しいと言われる詞書がついたものだ。この詞書の内容によると1180年、福原に平清盛が遷都した折、京都の中納言の館が留守になりそこに住み着いた妖怪たちが暴れまわったという。付喪神と呼ばれる硯や筆の器物妖怪が中心だ。遷都の折、身の回りの雑貨品を家主は捨てて去ったため、それらの品々が恨んで妖怪に変身したということなのだろうか。絵だけで分からなかった内容がこの詞書で分かる。貴重な妖怪作品が美術館でなくこの図書館に収蔵されているということは、妖怪を引き付ける何かがあるのかもしれぬ。
 ちなみにあらゆる時代と場所の絵入り本の収集家であったスペンサー(1855~1912)は1910年にまだ建築中のニューヨーク公共図書館を訪れて、自分のコレクションを寄贈しようと決心したそうだが、なんと2年後あのタイタニック号に乗船していて亡くなったそうだ。付喪神妖怪の仕業だろうか。

 こんな話を名古屋ボストン美術館の馬場館長としていたら面白い話を聞かされた。名古屋の誇る芸術家、あの荒川修作とニューヨークの図書館にまつわる話だ。
 その前に荒川修作に関する話を少々すると、NHKテレビの「ようこそ先輩」に荒川が出演した折、彼が卒業したという小学校の同級生たちが、小学生当時誰も荒川を見たことがないと言っていると聞いたことがある。後で分かったことだが、荒川修作が隣の小学校と間違えていたとNHKがお詫びのコメントを出したそうだ。全然違った学校で小学生たちに「皆さんの先輩です」と言って講義をしたわけだ。

荒川修作「無題」
 荒川修作については彼の高校時代の同級生である岩田信市等からもいろいろ聞かされている。彼は自分を仏壇屋とかうどん屋の息子と言っているらしいが、どうも人に言いたくない葬儀関係の仕事だったようだ。だから彼の出世作は棺桶に布団やセメントのかけらを入れたものだったのだろうか。
写真右:荒川修作の棺桶のような作品

養老天命反転地
 彼の作った岐阜県にあるテーマパーク「養老天命反転地」は「お化け公園」とも呼ばれている。彼とアニメ作家との対談の中で荒川はここでは「毎日不思議なことが起こるのですよ。自分も一人のお化けであることがその生活を始めれば少しづつわかるのです」と言っている。彼の色々な言動がお化け、又は妖怪めいている。ニューヨークにいた名古屋出身の版画家によると「荒川がトイレに入ると30分以上出てこなくて、中で唸りながらその雰囲気に浸っている」という。化物はトイレを好まないはずだったが。
写真左:岐阜県にある「養老天命反転地」

ジェファーソン・マーケット・コートハウス 
 さて荒川修作が馬場館長に言ったこととは、「今度ニューヨークへみえたら寄ってください。僕の応接間代わりの古い図書館にお連れしますから。これは5番街の図書館の分館ですが、建物はこちらの方が古く趣きがありますよ」であった。「その後ニューヨークへは行っていないが、彼が亡くなった今となっては残念だ」と馬場さんは語っていた。彼がわざわざこの話を僕に告げたのは、分館にはもっと面白い幽霊話があるかもと言いたかったに違いない。
写真右:ジェファーソン・マーケット・コートハウス
写真下:その内部

図書館内部

 この図書館はすぐに見つかった。荒川修作の住んでいたワシントン・スクエアのほんの近くというから「ジェファーソン・マーケット・コートハウス」のことだろう。この建物はグリニッジビレッジにあり、赤いレンガと火の見櫓のような塔が印象的で建てた当時は、アメリカでもっと美しい建物の一つと言われたという。図書館になる前は裁判所であって、アメリカでの歴史的な裁判がたくさん行われている。いわば呪われた建物でもあったのだ。

ハリー・ソー
 その中でもまるで狂気の沙汰しかと思えない事件は「スタンフォード・ホワイト殺人事件」だろう。カーネギーやロックフェラーとも親しい大冨豪のハリー・ソー(写真右)がマジソンスクエアーガーデンも建てた高名な建築家スタンフォード・ホワイトを観客であふれる劇場で射殺した事件だ。ハリーの妻イブリン(写真左下)はスタンフォードとも関係があったが、自分は強姦されたと夫のハリーに言ったがための仕返しらしい。ハリーは大富豪であった親の財産を食いつぶすしか能のない男で、少女や少年を鞭打つことが趣味のサディストで情緒不安定、癇癪持ちで凶暴性があったというから複雑だ。

イブリン
 ハリーの裁判は、母親が金の力で陪審員らを買収し、息子を心神喪失者として精神病院にいれて無罪としたが、その後医師や裁判官たちを買収して息子は正常になったとして再び無罪を勝ち取っている。米裁判史上でもかなりおぞましい事件として有名だ。
 ここは現在は図書館だが、そんな狂気の怨念がこの図書館にもあふれているのではなかろうか。ゴーストバスターズではないが、図書館は妖怪の格好の住処のようだ。




<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪画を紹介したい。

㉒ 『ニューヨーク図書館ゴースト』

ニューヨーク図書館ゴースト

 ニューヨークの図書館は人間にとっても居心地が良いが、妖怪たちにとっても住みつきやすい場所のようだ。今回はニューヨーク公共図書館に住みついていると言われているライブラリーゴーストをイメージして妖怪を描いてみた。煙のように拡散するゴーストの口にはパルテノン神殿を思わせる玄関があり、本(BOOK)も飲み込もうとしている。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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