YOKAI (妖怪) in New York 第20話 セントラルパーク人面樹

YOKAI (妖怪) in New York
第20話 セントラルパーク人面樹

セントラルパーク東南角彫刻群(1)
 セントラルパーク東南角、動物園の入り口近くに、粘土をねじり棒のように固めた高さ5メートル程の野外彫刻が立っている。(写真右)数体あるが一般的な芸術観からすると美しいものではない。
 「またこの街は訳が分からないモノを置いて、よく市民が許しているな」と僕は勝手に思っていた。ここニューヨークは世界のアートの中心地なのに、さえない彫刻のおかげで、僕は田舎彫刻群が設置されている地元名古屋の鶴舞公園の近辺を歩いているような気持ちになった。  
 だからこの前を何回も通り過ぎたが彫刻の存在を無視していた。前を通ったと言っても反対側、つまり南側の高級ホテルのある舗道側を歩くのを常としていたが。その理由は彫刻の存在がどうこうより、この周辺は危険だからと歩く折、公園側より、人が多く賑やかなほうの舗道を選んだこともある。
 だが、何かが僕の心の中で引っかかっていた。僕の内なる妖怪が何かを訴えている。「セントラルパークの表玄関である場所に無意味なものを置くはずがない、確認せよ」と言っているようだ。そのため無視していた彫刻群の近くに寄ってじっくり観察してみた。なんと、やはり普通の彫刻ではなかった。

セントラルパーク東南角彫刻群 (2) セントラルパーク東南角彫刻群(3)
写真上:顔のように見える彫刻群
 一見すると、粘土を子供がよくやるように勝手にいじくっているように見えるが、そうではなかった。よく見るとまるで粘土が生きてのたうち回っているようで、さらにしっかり見るとその中に、いくつもの顔や体の一部らしきもがあるのだ。まあ多数の人型妖怪をかため込んだと呼べるものだった。これを見ている最中「あれ、この作品どこかで見たはずだ」というデジャビュ(既視感)が僕の中にわいてきた。何かよくわからないが、じっと僕を観察している彫刻の顔(目)の存在が僕にそんな気持ちを起させたのだ。
 そしてその後、僕はそのまま東南側からセントラルパーク内へ入った。僕の宿が公園西の、ダコタハウスの近くにあるからだ。公園内は緑の芝生とたくさんの木々が茂っている。その木々の根元にはリスたちが自由に跳ね回っていた。

巣穴から覗くリス
 12月頃のリスは「噛みリス」と称され凶暴になっていると言われている。確かめてみようと僕は近くに寄って来たリスを捕まえる仕草をしてみた。リスは驚いたらしく踵を返して木の巣穴に逃げ込み、そこからかわいい顔で僕を眺めた。
写真右:巣穴から可愛い顔でこちらを見つめるリス
 この瞬間僕は我が目を疑った。リスが妖怪の口から覗き返しているように見えたのだ。よく見ると木の巣穴は妖怪の口のようだった。いや、ようだったというより、妖怪そのものだ。木は妖怪だと気付き、驚いて他の樹木も確認すると、ほとんどの樹木に顔が隠されていることが分かった。セントラルパークは樹木妖怪の森だったのだ。

動物のように見える木 妖怪のような顔の木
写真上左:動物のように見える木  写真上右:妖怪のような顔の木
 これまで僕はセントラルパークの木を1本1本見ることなく、全体を緑の塊として観察していた。いま改めて個々の木をそれぞれ見ると、その中には無数の顔、口や鼻、耳などが観察されるのだった。これは冒頭の粘土彫刻と重なった。僕のデジャビュの謎がこれで解けた。でもいったい、彫刻家はセントラルパークの木々を見てこの粘土彫刻を創ったのか、それともセントラルパークに住む樹木妖怪が彫刻家に乗り移ってこれを作らせたのか。
悲しそうな顔の木 横顔のように見える木
写真上左:悲しそうな顔の木  写真上右:横顔のように見える木

 「どこの公園の木もそう思ってみれば妖怪の顔や人間の顔に見えるのではありませんか」と思われる人もいるだろう。僕もそう思ってその後、街中で見られる木や他の公園の樹木をもう一度しっかり見直してみた。しかしセントラルパークの顔のような木々に出会うことはなかった。何故だろうか。
 名古屋の東区にある古い大木は672年の壬申の乱(大友王子と大海人皇子の戦いは名古屋にまで及んでいた)で殺された数万の亡骸を埋めた跡地に生えている。だからこれ等の木は焼かれることなく埋められた人々の血を大量に吸って育っている。これ等の木々は樹木子(じゅもっこ)と言って恐れられている。一度血の味を覚えるとその木はいつまでも血を欲するという。名古屋の東片端や金城学院前にある木は道路を塞いでいるが誰も伐る人がいない。伐るとその者は血を求める樹木子によって殺されると言われている。実際切りかかったが者が亡くなったと言われてもいる。(この木、水木しげるの本にも樹木子として登場している)。ここセントラルパークの木は樹木子ではないだろうか。

 世界一の大都会、ニューヨークマンハッタンの中に広がるセントラルパークは南北4km、東西0.8kmの広大な公園で、摩天楼の中のオアシスとして市民に愛されている。広い芝生、森や池や広がり、リスが戯れ自然がいっぱいだ。
写真下:ロックフェラーセンターから見たセントラルパーク
ロックフェラーセンターから見たセントラルパーク

 だが実はこれは全て人工の公園なのだ。というのもこの土地は岩ばかりで、公園を作ろうにも木も植えられない。そこで1850年代にニュージャージーから土が運びこまれたという。ニュージャージーはマンハッタンのすぐ西にあり、独立戦争の折はここを挟んでアメリカ軍とイギリス軍が戦闘を重ね、「革命の交差点」と称され、たくさんの死者も出てこの地に葬られている。ニュージャージーの土は死んだ兵士らの血を吸っているのだ。その土がセントラルパークに持ち込まれ、そこに木が植えられた。もちろんその前にマンハッタンにいて白人に追われたり、虐殺されたアメリカン・インディアンの血も吸っているはずだ。ということは、この土地に育った木々は樹木子と言えなくもない。
 また公園内にある最大の池もジャクリーン・ケネディ・オナシス貯水池(reservoir)の名からも分かるように人工のため池なのだ。さらに自然の象徴と思われるリスも人工的に放たれたものだという。
 人間の血を吸った妖怪、人面樹はなんと人間が生み出したものだったのだ。人間が作り出した人工楽園、セントラルパークは今では妖怪の住処となっている。


<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪画を紹介したい。セントラルパークの木々はどれをとっても個性的な顔を持っており、見ていて飽きることがない。人間の顔のように見えることもあれば、動物、又は妖怪の顔のようにもみえる。今回はそんな木々を人面樹と名付けた。

⑳ 『セントラルパークの人面樹』
セントラルパークの人面樹

 セントラルパークの木々は様々な顔を持っている。絵の中の四角の黒い部分はセントラルパークを表し、その中にある白い7つの空洞は池あるいはため池である。その中の最大のジャクリーン池にいるのは、木の巣穴から覗いているリスのイメージだ。周囲には手足や顔を加え、公園を妖怪遊園地の雰囲気にしてみた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR