ポロック展

ポロック展 愛知県美術館 
2011年11月11日~2012年1月22日

ポロックとその作品
 凄い展覧会が名古屋で開幕しています。これは驚きであり、また喜びでもあります。ポロックはある意味でルネッサンス以後、これまで続いてきた絵画をひっくり返したといっていい画家です。絵はキャンバスに筆やペインティングナイフで塗りこむものだと、これまで思われていたことを打ち破ったアーティストなのです。キャンバスに触ることなく振って描いていく、言わばコロンブス的思考を貫いた画家です。ポロックの評価は、彼が最初に行った絵具筆を振る、というその行為が創造的であり、認められているのです。
写真左:ポロックの制作スナップ 写真右:ポロックの作品(1950)

 その点僕の書き進めているあの雪舟にも通じるところがあります。雪舟の作品は斬新で新しい境地を切り開いたと言われていますが、それぞれの作品が技法的に上手に描かれているわけでなく、絵面を見て、なんとうまく描かれているのだろうと庶民が感動するものとは少々異なっています。ポロックも共通点があり、いわゆる絵画技法など全く無視しています。
 そういうわけで作品のコンセプトを見ず、技法的な面を評価の対象にしたがる名古屋人にはポロックは相いれないだろう、だからこの地でのポロック展は無理だろうとこれまで思っていました。
 このことを主催者である読売新聞の企画者は知って開いただろうかという疑問は残ります。きっと読売のオーナーは愛知トリエンナーレ展を開催するほどだから名古屋人にはポロックも理解可能と踏んだのではないでしょうか。ともあれ沢山の人に見てもらい名古屋の芸術のレベルアップにつながれば嬉しいことです。ポロックを見て楽しめる名古屋人が増えれば、この地も間違いなく変わるのです。

アビニヨンの娘たち
 美術における創造性(発見、発明も含む)は写真機の発明以後、1800年代の中ごろから始まったと言っていいと思います。印象派のモネが最初の一人と言えます。また特にピカソの『アビニヨンの娘たち』に始まるキュービズムからは、ポロックにつながる発見合戦の時代となりました。ピカソが見つけた‘物を1か所からだけでなく前後左右、いろんな方向から見て描く’描法はヨーロッパで爆発的に広がっています。
写真左:20世紀最大の作品と言われるピカソの「アビニヨンの娘たち」(1907)

 それにつながるその後の抽象画は2つの動きをします。ヴァザルリーやステラのような動かない抽象画と、チューブからキャンバスに絵具を直接に塗りつけて、踊るように描くマチューや絵具を振りかけるポロック等です。これまで誰もやってこなかった行為による作品です。

ヴァザルリー、マチューの作品
写真左:ヴァザルリーの作品(1964) 写真右:マチューの作品(1952)

 「では山彊先生、ポロックの作品を見て構図や色がいいという見方をしなくていいのですね」――はい、絵の奥にあるものをのぞいてもらえばいいのです。「美術史における大転換を行ったというポロックが今から50年以上も前の人なら、今のアートはどうなっているのですか」――今から2,30年も前に印象派から続く創造のアートは終わったと言われています。色々な発見による実験がやりつくされたのでしょうか。誰かが現在は『創造のアート』の喪の時だと言っています。創造の時代はいい時代だったなーと懐かしむ時代でしょうか。「じゃあ、まだ次に続く新しいアートは起こっていないのですか」――ある意味ではそうかもしれません。だから絵で身を立てようという人も減っているし、かつて画学生の誰もが読んでいた美術雑誌も部数が激減してきています。ただ先日行った「Dアートビエンナーレ」を観ていると、低迷しているアートの中にも一つの動きが出かかっているような気もしています。日本の美術界をリードする小山さんや倉田さんの選ぶ作品、また出品してくる作品にひとつの傾向が出かかっているのです。表現形式は今までどうりキャンバスや彫刻、インスタレーションなどと変わりなくとも、現代社会が生み出す精神をその作品の中に塗り込めたり、作品から発散させているのです。例えばムンクがあの時代の苦悩、恐怖と言った精神の叫びを作品に込めたように。現代の新しいアートは現代社会にしかない苦悩,恐怖,感動などを現代の感性で作品に投影しているものになるのかなとも思います。
 
Dアート作品
 私は先回のブログに書いたDアートビエンナーレの受賞作品を、今や世界美術の中心たる北京に持って行って勝負をかけようと思っているのです。喪に伏しているアートを堀財団の会長も私も再生できないかと思っているのです。
 今回の美術の現状を述べた上記の文、実は書きづらい内容なんです。美術大学関係者、美術館関係者はまず書けません。美術は終わったとか喪に服しているとか言ったら、教育関係者にとっては、美術を教える意味が無くなり、自分の首を絞めるようなものですから。しかし、上記の内容は私が独断で述べているのでなく多くの評論家たちの言っていることの集約でもあるのです。それらの評論家は上記のことが分かっているから肩書を「美術評論家」から「美術史家」に変えてしまっています。村上隆は今の美術界の状況を「かつては美術評論家が動かした美術界を、今は潤沢な資金を持つ美術愛好家が握っている」とまで言っています。
さあ堀会長や私のやっている行為がどのように暗闇を開けるか。


写真上:平子雄一の作品
写真中:平川浩太の作品
写真下:木全佑輔の作品
上記の3作品はDアートビエンナーレの代表作品


ニューヨーク選抜14人展’64<婆羅門>
※今回のポロック展の期間中、県美術館の常設展示室に、私の60年代の動きのある抽象画作品<婆羅門>が飾ってあります。これはニューヨークのオスグット画廊で、脇田和氏や糸園和三郎氏ら日本から選抜された14人の作品として1年間展示されていたものです。
写真左:ニューヨーク選抜14人展'64<婆羅門>







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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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