YOKAI (妖怪) in New York 第12話 妖怪?ルーズベルト大統領 

YOKAI (妖怪) in New York
第12話 妖怪?ルーズベルト大統領 

大統領ルーズベルト
 ニューヨークに関連する妖怪を調べていると、あのフランクリン・ルーズベルト大統領(1882~1945)(写真右)が妖怪、怪物的な存在に思えて仕方がない。彼は罹患率の90%が5歳以下の子供であるといわれるポリオに1921年、39歳でかかって下半身が麻痺し車いす生活を余儀なくされた。それでも大恐慌の中、1933年第32代大統領に就任し、米国大統領では最長の4422日間(アメリカ史上唯一4選された)の任期を全うしている。その間ニューディール政策や日本との開戦・原爆投下のマンハッタン計画を推し進め、「日本民族皆殺し」発言もしたという。亡くならなければもっと長く大統領の職務を全うしただろうとも言われている。

幼年期のルーズベルト 写真左:幼少期の頃のF・ルーズベルト

 実は僕がルーズベルトに関心を持ったのは50数年前のことだ。当時僕は熱田神宮の近くにある中学で教えていた。その折、熱田神宮に勤める祖父を持つ女生徒がいて、家庭訪問の折などいろいろ面白い話を玄関先に座って聞かせてもらった。その中の一つに、戦争中名古屋が空爆されればまず名古屋のシンボルである熱田神宮も危ないということで、御神体の草薙の剣を疎開させることになったという話があった。これまで天皇も誰も見たことのない剣を神殿に供え、ついでに憎き米国、またその大統領のルーズベルトを葬るための加持祈祷もしたという。日本は神風に頼ると同時に加持祈祷まで頼った。妖怪のような大統領に対して妖怪的な祈祷のチカラも借りようとしたわけだ。
 この折に僕はフランクリン・ルーズベルトの存在を深く知ったのだ。それまでは原子爆弾を落としたトルーマンや占領軍最高司令官であるマッカーサー元帥の方が日本では有名だったから、ルーズベルト大統領については意識しなかった。教え子の祖父は、祈祷のせいでルーズベルト大統領が亡くなったと思っているとも語ってくれた。ルーズベルトは終戦前の1945年4月12日昼食前に大戦の勝利を見ることなく脳卒中で亡くなっている。祈祷のおかげで亡くなったと考えるのにぴったりの時期だったわけだ。祈祷をした側から言わせれば死んだのは事実だから祈祷のおかげで亡くなったと考えてもいいわけだ。

ヤルタ会談の三巨頭
 ルーズベルトの死をソ連のスターリンは毒殺であると信じていたようだ。
写真右:ヤルタ会談での三巨頭 一番右がスターリン
実際63歳での死はやや若すぎるということで、一時は暗殺説や陰謀説などが浮上し、『ルーズベルト暗殺計画』という小説まで出ている。

 アメリカには有名な大統領があまたいる中で、僕がこの大統領にこだわるのは、「草薙の剣」の件もあるが、調べると行動のすべてに人間離れをした妖気的雰囲気を感じるからだ。前述したが、まず下半身がマヒして車いす生活を余儀なくされたのにそのことのマイナス面がまったく感じられない。実際アメリカ人でも大統領が存命の時にはほとんどの人が知らなかったそうだし、日本人ならなおさらである。
 またフロリダ州マイアミで暗殺されそうになった折も妖怪のごとく上手く逃れている。これは彼がアメリカの大統領に選出された後、イタリア移民のジュゼッパ・ザンガラという男からピストルで襲撃された事件(1933年2月15日)で運よく大統領は助かったが、隣にいたシカゴ市長アントン・サーマックが死亡し、その殺人罪により彼は電気椅子に送られたという。妖怪が絡んでいるように思われてくる。アメリカの大統領の内、銃撃されて助かったのはこのルーズベルトとレーガンだけだ。

強制収容所に運ばれる日系アメリカ人
 ルーズベルト大統領はあのフリーメーソンにも加わり、日本人に対して根深い悪意を抱いており、大戦中日系アメリカ人だけ強制収容所に入れたりしている。日本人を劣等民族と考えており、日本人改造計画なるものまで考えている。
写真左:強制収容所に運ばれる日系アメリカ人

 大統領は、日本人のもつ妖怪性を恐れていたのではないか。捕虜になれば命は助かるものを、勝ち目がないと本人も分かっていながら突き進んで来る日本兵の行動は、米兵には理解不可能であり恐怖以外の何物でもなかったと聞く。神風特攻隊とか人間魚雷なども人間の理解を越えた恐ろしいものと映っただろう。

私が愛した大統領 から
 大統領と妖怪がらみの話でおもしろい偶然がある。ルーズベルトの一生を描いた『私が愛した大統領』の映画で主役をやったのが、なんと映画『ゴーストバスター』に出ていた、個性派俳優で知られるビル・マーレイだったことだ。僕には単なる偶然には思えない。
写真右:映画『私が愛した大統領』からF・ルーズベルトを演じるビル・マーレイ

 仲間から「このような妖怪話は日本だけで騒がれ、ニューヨークでは話題にならないのでは?」とよく尋ねられる。そうではない。欧米人は妖怪話が好きだ。例えば妖怪が出る、お化けが出るという建物があると日本ではその評価額が下がるが、イギリスでは上がるという。「僕の家には幽霊が出るよ!」と自慢できるからだという。ホワイトハウスでもたくさんの人が幽霊に出くわしていて、幽霊屋敷という別名もあるそうだ。ルーズベルトの奥さんや秘書もある折、リンカーンの亡霊を見たという話も伝わっている。

Bowery boys
 ところで最近、ニューヨークの情報ウェブサイト『Bowery Boys』(写真右)を見ていたら、この秋、 市の歴史的建造物を1,2日間市民に開放するというニュースが目に留まった。その歴史的建造物の中にルーズベルト大統領邸という文字があったので僕は是非行ってみたいと思った。というのは、僕は春に続きこの秋もニューヨークへ妖怪調べに行く計画をしているからだ。

シオドア・ルーズベルトの生家
だがよく読むとこの建物はフランクリン・ルーズベルトの住んでいた家ではなく従兄に当たる第26代大統領のものであった。
写真左:シオドア・ルーズベルトの生家
 それでもルーズベルト一族ということで是非見たいと思ったが、さらに読んでいくと僕の予定が開放日に間に合わないことが分かった。僕自身の都合もあってニューヨーク行きは12月にずれ込んでしまったのだ。せめて外観でも確認してくるつもりだ。


 この『Bowery Boys』等のURLを教えてもらったのはマンハッタンにある日本人クラブのHさんだ。これを読むといろいろニューヨークのことが分かり面白い。Hさんについてはいずれ又ふれたい。


<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪画を紹介したい。今回は日本に原爆を落とす計画を進めていたルーズベルト大統領だ。日本人の加持祈祷により死んだ?と思われた大統領だが、その妖気、怨念は死後も生き続け、広島、長崎が『妖怪 ルーズベルト』の日本憎悪の怨念の標的となって原爆が落とされた。
 
妖怪ルーズベルト⑭ 『妖怪 ルーズベルト』



 アメリカ国旗の柄のシルクハットの中からはニューディール政策によって景気が回復されたことを表すお金の袋と、そして原子爆弾が覗いている。帽子の上にはきのこ雲が浮かんでいる。それらで妖怪ルーズベルトを描いてみた。




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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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