鑑真号で雪舟を追って(2)

鑑真号で雪舟を追ってニンポーへ(2)
<鑑真号乗船者の人間模様>

新鑑真号
 大阪港から出る鑑真号は上海までの2泊3日の行程で朝食が付いて2万2千円。僕はもう20年近く遣明船と同じコースで中国へ渡れないか探していてやっと実現した。今回の一番の狙いは、雪舟の旅の足跡を調べることだが、この船に乗っている人々の人間模様もなかなか興味深いものがあり、今回はこのことについて書いてみたい。 
写真右:新鑑真号の外観。中国が運営。 

 乗客(60人程)の半数以上は中国人で国へ帰る留学生と商品を運ぶ商人達だ。飛行機なら手荷物が20キロまでだがこの船だと税関もアバウトで80(?)キロまでよいらしいとのことだ。日本人は貧乏旅行の学生とのんびり大陸旅行を楽しもうという定年後のおじさん達が主だが、これ以外にもいろんな人がいる。閉ざされた空間での3日間、皆お友達になってしまう。そして自分の人生を聞いてほしいと多くの人は思っている。
写真下:6人部屋の内部。
船内の6人部屋
 62歳のIさんは美大を出て数年働いてから、その資金で世界旅行に出た。ニューヨークで資金が底をつき、街をうろうろしていたら日本のレストランの皿洗いとして拾われた。このレストランのオーナーは千秋さんと言って、ニューヨークのレストランの革命児とか。食べ物をピラミッドのように高く盛ったりする異様な、いや芸術的な出し方をするゲイの男。すごくきっぷが良くエイズで亡くなった時は、ものすごい人が悲しんだという。ミックジャガーやマドンナ、レノンやヨーコ、キース・へリング、荒川修作や河原温も常連客だったとか。レノンはケチでボーイたちに嫌われ、ミックジャガーは誰にでも気軽にサインをして好かれていたとか。彼はそこで10年ほど働いて、その後また放浪の旅へ。そろそろ落ち着こうとしていたがまた旅に出たくなり来てしまったとか。下船後、船の中で知り合った日本の30歳近い二人の娘を、勝手知った一泊百数十円の安いホテルへ案内して行った。その娘たちはこれから一万円でラオスまで抜けると言っていた。「もし僕が教えている学生なら止めなさいと言うけれど」の忠告も無視をされた。

パキスタン難民部落
 同じような貧乏旅行を経験している僕はいろんな出来事に出くわす。トルコのイスタンブールの総領事(僕の知り合い)が言うには「現地の男性におごってもらったコーヒーに睡眠薬が入っていて、金銭身ぐるみ奪われ下着一枚で領事館にかつぎ込まれる娘が後を絶たない」と言う。またパキスタンの難民部落へいった折に、そこの日本大使館員と一緒に夕食をとり聞いた話によると、つい1週間前にもノースリーブで村に入った日本娘が数十人の男に襲われ大使館にかつぎ込まれた。下着を与え、日本食等を食べさせたがまともなお礼も言わずイラン方面の旅に行ってしまった。若い大使館員はもう日本の娘とは結婚しないと言っていた
写真上下共:パキスタンの難民部落

 さて、僕の同室の男性は高校の音楽教師を定年で辞め、好きな酒三昧をしようとしたが、家で酒を飲むと妻がうるさいからゆっくり飲むためにこの船に乗ったと言っていた。妻からの解放感からか、彼は朝から晩まで飲み続けていた。
 別の60歳になったばかりの九州の男は妻に逃げられ、初めての旅でこの船を選んだという。「チベットには今でも鳥葬が行われているのだろうか。僕の願望は遺体を鳥に食べてもらうことだ」と話す。チベットの村へたどり着いたら自殺でもするのだろうか。

船上の中国人

 また別の脳血栓で足が不自由になった僕と同い年の男は、定年後中国、杭州の若い女性と結婚し子供も作ったとか。日本に一時帰国し、中国に戻る途中とか。「生活ができるのですか」と尋ねたら、「中国では日本の20万ぐらいの年金があれば充分だ」とのことだった。もう船着場には家族が待っているとか。死なれたら年金が入らなくなるから家族もケアーに必死なのだろう。
写真右:揚子江の中に入った船の上で感激にむせぶ中国人たち。

港のビル群を背景にした僕
 この話を聞いて僕は日本で60歳の定年を迎えても全然怖くないのではと思えた。前述したチベットの鳥葬で死にたいと言っていた男性、年金が10万弱だと言うが、チベットで暮すには十分なお金だろう。下手をすると村の若いねーちゃんに口説かれ、第二の人生を歩むかもしれない。

写真左:僕も可愛い中国の女子大生にシャッターを押してもらう。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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