YOKAI (妖怪) in New York 第4話 妖怪セントラルパークインディアン

YOKAI (妖怪) in New York
第4話 妖怪 セントラルパークインディアン

ゴーストバスターズ
 ニューヨークのセントラルパークというと僕がすぐに思い出すのは、西側のアッパーウエストに事務所を構える、幽霊退治屋であるゴーストバスターズの存在だ。写真右:ゴーストバスターズのポスター
 この映画の脚本家であり、さらにゴーストバスターズの3人の博士の一人として出演もしているハロルド・ライミスは、ゴーストバスターズの活動拠点となる事務所をセントラルパーク近くに設定している。ちなみにこの映画は1984年に作られた。村上春樹の『1Q84』と不思議な偶然を感じてしまった。

 大都会の中心に広がる南北約4km、東西約800mのこの公園は、突然岩山が出現したり池がいくつもあったりと起伏に富んで複雑だ。1800年代の中頃に人工的に作られたとはいえ、その広大な敷地と150年程の時が生み出した自然の風景は、大都会の中にあってゴースト、あるいは妖怪が出現してもおかしくはないような気がしてくる。

 セントラルパークができてからしばらくは、あまり人気がなかったようだ。それというのも当時はロウアーマンッハタンが中心でセントラルパークはあまりに遠すぎて人々がちょっと行くには無理があったのだ。
公園の芝生で憩う人々 その後街がどんどん発達してセントラルパークあたりにも住宅街ができ、多くの人が訪れる人気スポットになったが、あまりに広大なこの公園は、夜になると怖く犯罪も多発するようになった。現在は減ってきているがそれでも公園の北の方は昼でも一人で歩かないほうがよいと言われている。写真左:公園内の芝生で憩う人々

 つい先日も、ホテルでのある会合の後、ラウンジで「まじょ子シリーズ」の本を出している児童文学者の藤真知子さんと一緒にお茶を飲んでいて、僕がニューヨークに関する妖怪話を書いているといったら、彼女も一時期マンハッタンに住んでいたと話してくれた。彼女の子供が小学生だった頃で、学校もセントラルパークの脇にあったそうだ。何かの折りにこの公園を横切らなければならない時は、子供たちは大声でしゃべりながら歩いたという。そうすると妖怪が現れないと子供たちは聞かされていたようだ。実際大きな声でしゃべれば、たくさんの子どもがいるということをアピールして、犯罪にもつながりにくいということなのだろうが、妖怪から逃れる1つの方法でもあるかもしれない。

 妖怪は大都会のビルにも出現するだろうが、ここセントラルパークには四季折々の自然とともに出没する妖怪も存在するようだ。花が咲くと花の精霊(妖怪)が下りてきて花が散ると精霊も去る、とささやかれている。

公園内桜の木の下で記念撮影 今回僕がここにやって来たのは5月の初旬。桜の花が一部かろうじて残っている時期だ。ということは春の最後の妖怪が去ろうとしている時期だろうか。写真右:公園内の桜の木の下で記念撮影

 ニューヨークで美術展をするためにやって来た僕と仲間の画家たちは、滞在中のある1日メトロポリタンからグッゲンハイム、ホイットニー美術館を1日かけて見て回り、帰路についていた。この後僕らは夕食を食べようと、ホイットニー美術館のある5番街72番ストリートからセントラルパーク南西角の地下にある巨大なモールへ向かった。セントラルパークの外側に沿った大通りを行けばよかったのだが、歩き疲れた10数人の仲間を引率していた僕は、彼等が少しでも楽になるようにと思って近道をしようと考えた。僕はセントラルパークには過去2回来ているが他のメンバーは初めてであった。そこで僕は斜めに公園を横切れば直角に曲がる道を行くより近道と踏んで、かろうじて残っている桜の花を右に確認しながら南西に向かって歩き出した。

セントラルパーク内ジャクリーヌ池
 方向を定め道なりに歩き始めたのだが、気が付いたら中央より少し北にある公園で一番大きな池、ジョン・F・ケネディーの妻だったジャクリーヌの名が付けられた池に来ていた。写真左:ジャクリーヌの名がつけられた貯め池
 どこで方向を間違えたのかわからないが、セントラルパークから帰りそびれている春の妖怪にたぶらかされたようだ。ここにもかろうじて残る桜の花が確認できた。妖怪はここの桜も見せたかったのだろうか。

 ともかくこの池に来てしまったということは目的地の反対方向にどんどん歩いてきたということだ。もう全員がくたくたで僕をにらみつけている。朝から15キロほど歩かされたのだから当然かもしれない。僕は仲間の中で一番年長だけれど平気だった。だが何故こんなへまをしたのか。確かに南西に方向をとったはずだったのに。「この公園にはネイティブアメリカン(かつてはインディアンと呼ばれた)の怨念が渦巻いているから、それにたぶらかされたようだ」と、原因を怨念話に振ってみるが誰も納得していない。みなの顔からは「いい加減にしてよ」オーラが漂っている。ジャクリーヌ池から大通りに出たところで数人(オペラやカーネギーホールへ行くなど予定がある人たち)はタクシーで帰ってしまった。これに懲りて翌日から僕についてくる仲間は数人になってしまった。

 現在セントラルパークのある場所は以前、ビル建設など大規模な開発計画があったというが工事の途中、疫病が蔓延したり陥没事故等が多発して中止になってしまったという。どうもネイティブアメリカン(レナぺ族)の祟りではとなったらしい。妖怪や幽霊が現れるのは恨みがあって死んだ場合が多い。きっとこの地の住人であったネイティブアメリカンは、白人にこの地を奪われたことで恨み、怒りがたまり、あの世へも行けず妖怪となって、今でも妖術をかけまくっているのではあるまいか。僕はそう思って自分をなぐさめていた。ここはニューヨークの最大の妖怪スポットかもしれない。

セントラルパークにある岩山
 こんな話をモールのレストランで出会った日系人にしたら、面白い話を付け加えてくれた。セントラルパークでネイティブアメリカンの怒りの叫びが聞かれる場所がある。それは南側中央にある岩の丘だ。写真右:セントラルパークにある岩山
 この付近には羊背岩と言われる化け物岩が多い。それは氷河が岩を削り羊の背中のようにするからだという。ここで立ち止まり休憩がてらタバコでも吸うと、たくさんの雄叫びが聞かれるという。そう言われて僕は丘の上でインディアン(ここではネイティブアメリカンよりこの名の方がぴったりくる)が狼煙をあげて、気勢をあげる西部劇のワンカットを連想した。

 彼が言うにはここはそれと同時に、求愛の最多スポットでもあるという。彼女を連れてきてここに立たせ「愛している」といえば恋が成就しやすいというのだ。心理学では彼女を口説く最高のスポットは、高いつり橋の上とか、危険で怖そうな場所がいいと言われている。女性は怖い危険な場所に来ると心拍数が上がり感情も高ぶるため、それが恋愛感情につながり恋に陥りやすいのだそうだ。このセントラルパークの岩の丘は10mほどでさして高くもないから、高い吊り橋のような恐怖感は起きないが、インディアンの呪いの叫びが彼女を恐怖に落し入れ、男の求愛を受けてしまうのだろうか。インディアンの叫びは恋のキューピッドの役割もしているわけだ。


<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪を紹介したい。

⑥ 妖怪 『セントラルパークインディアン』

妖怪セントラルパークインディアン


 この妖怪はインディアンの羽飾りが米国国旗のモヒカンヘアーになっており、狼煙がパイプの煙になっている。顔の緑や青い部分はセントラルパークの芝生や池を表している。また樹木のような腕を首、胴部分の代わりにしてみた。



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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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