山田彊一とその仲間 イン・ニューヨーク展 報告

山田彊一とその仲間 イン・ニューヨーク展 報告

 1年前、僕たち名古屋の美術家仲間はニューヨークでも作品発表をしようと、セントラルパークで行われる日本人祭に焦点を当て渡米を計画していた。これまでは作品を飾る壁があってそれに展示する方法であったが、今回は公園の中で自由に展示するつもりでいた。芝生の上に並べたり、作品を背負って会場を自由に歩いたりと、思い思いの発表を考えていた。

 僕は全長5メートルのボルトのバルーンを2個持ち込んで展示し、そのわきでやってくる人々の似顔絵を描こうと思っていた。似顔絵も普通に描くのではなく、妖怪がシルクで刷ってある和紙の中央に白い部分を丸く開けておき、そこに来場者の似顔絵を描こうと考えて妖怪を印刷した紙も200枚分用意していた。だがこれらの展示方法を会場設定のスタッフの人に理解してもらうのは無理であったようだ。しかもニューヨークへ着いた翌々日の展示では難しいと思われたのであろう。その結果、ニューヨークのセントラルパークでの展示は許可されなかった。僕はこれまでこんなことは韓国でもドイツでも常にやったことがあり、可能と踏んだのだが、受け入れてもらえず残念であった。

 中止の決まったのは予定日の2か月前で、すでに予定を組んでいろいろ準備していた我々にとってはショックだったが、日通の篠田さんにいろいろ動いてもらい、代わりにマンハッタン中心にある素晴らしい会場を貸していただけることになった。さすが大会社は動きが違うと感心した。画家仲間の多くの皆さんにはこの方がよかったかもと思う。

ニューヨークの新聞に掲載された我々の展覧会
 突然の依頼なのにマンハッタンの会場が借りられたのは、参加する画家たちが国際的にも活躍しレベルが高く、画歴も相当なものであったからであろう。普通に借りようとすれば大変なことだ。僕らの会場はニューヨークのマンハッタンにある日本クラブが所有しているビルの1階にある大きなギャラリーだった。これには日本クラブの佐藤元広事務局長さんや、絵画に理解が深く、頑張り屋の秘書の本多康子さんに負うところが大であった。誰に見せても恥ずかしくない作品であることを、僕が送った画家たちの画歴や作品写真から判断して頂いたわけだ。

 事実展示作品はここニューヨークでも恥ずかしくなかった。すぐ裏にあるMoMA(ニューヨーク近代美術館)を見てその足で我々の展示会場を訪れた人が、MoMA の作品と比べても違和感がないと言ってくれたほどだ。美術関係者や一般のニューヨーカー、新聞社も取材に訪れ、新聞でも紹介された。写真右上:我々の展覧会を掲載した新聞(日系新聞を中心に5紙に載せていただいた)

会場風景
 この会場には映画プロデューサーのHIROSI KONOさん(愛知県人会の副会長で、直接教えていないがかつて僕が教えた中学の卒業生であったこと、さらに偶然にも僕が担任したクラスの生徒の河野くんのいとこでもあったことが判明)、それにイベント関係の社長で演劇プロデューサーの仙石紀子さん(世界を相手に仕事をする才女で、僕の明和高校の後輩でもあり、僕の本でも取り上げ尊敬している朝倉摂さんの仕事上のパートナーでもあった)のなどの方々がたくさんみえた。世間は狭いと改めて思ったものだ。この展覧会で他にも数人知り合いになることが出来た。
写真上:会場風景
川島さん宅で記念撮影
 また我々はニューヨーク在住の画家訪問ということで、川島猛さん宅を訪問したが、彼も最終日に我々の展覧会を見に来てくれた。川島さんはソーホーの歴史遺産である古い雰囲気のあるビルの2階と地下を借り、アトリエとしていた。
写真右:川島さん宅で記念撮影(「川島さんのアトリエ訪問をできただけでもニューヨークへ来たかいがあった」とメンバーである元岐阜県美術館の副館長氏は感激していた)

 これはすごく贅沢なことだ。ここでこのように住めることは日本の全芸術家の憧れではないか。このアトリエでは池田満寿夫さんとバイオリンイストの佐藤陽子さんとの結婚披露パーテーも開いたという。それに川島夫妻の仲人は針生一郎さんだという。その後ニューヨークへ仕事で来で、金をすられた針生さんは川島さん宅でしばらく滞在していたとか。

玄関で見送る川島夫妻
このアトリエに我々は寄らせていただきすごく歓迎された。フレンドリーな素晴らしいアーティストで皆さん大感激であった。
 写真左:古い素敵な玄関で我々を見送ってくれる川島画伯夫妻




会場風景 宮本作品
 後日、川島さんご夫婦が我々の展覧会場にみえた時、出品者たちの作品批評をしてもらった。ほとんどの人に「すごく出来のいい作品だ。自信を持ち制作を続けなさい」と言ってみえた。ニューヨーク在住の画家から直接励まされ、皆さん納得していた。僕の教えている皆さんは全員上手だから、自分が秀でているとは思えないのであろう。
写真右:会場風景(評判であった宮本さんの作品の前で。本多さん宮本さんと僕)

会場風景 佐藤局長  
 日本クラブでは寿司の並んだオープニングパーティもして頂いた。感謝!佐藤局長の素晴らしい英語のスピーチに、皆さんここはアメリカなんだと改めて感動していた。

写真左:展覧会場であいさつする佐藤局長



 さてニューヨーク近代美術館、MoMAにも僕らは訪れたので少しだけ紹介させていただく。

MoMA ピカソ アビニョンの娘たち
 写真右:MoMA にあるピカソの『アビニヨンの娘たち』(20世紀を代表する美術作品で、作品評価も金銭的価値も20世紀にはこれに勝るものはないから必ず見なさいと皆さんに伝えて鑑賞してもらった。この美術館ではこういった数十億、数百億円する作品の前で写真撮影が許可されている。アメリカはだいたいどこの美術館も写真を撮るなとは言わない。日本ではほとんどの美術館、博物館で撮影が禁止だ。)

MoMA ダリ 記憶の残像
写真上:ダリの『記憶の残像』(以外に小さい。赤い帽子の観客で大きさが分かってもらえると思う。)

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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