鑑真号で雪舟を追って (1)

鑑真号で雪舟の後を追う(1) 
〈寧波now―星や月は勿論太陽まで見えない街〉


 日本での仕事予定のない日が偶然1週間続く機会があり、大阪から船で2泊、寧波(ニンポー)で3泊、上海で1泊の旅に出た。本当は雪舟がしたようにニンポーで滞在した後、さらに北京まで陸路で2~3週間ほど旅したかったがそこまでは仕事があかないため、次回に延ばすことにした。雪舟について調べる旅だから、雪舟の話をするのが当然だが、その前にまず、僕が非常に驚いた中国の現状を語りたい。

瀬戸内海の橋
 大阪から鑑真号に乗って瀬戸内海を進むころは空も青く晴れ渡り、海も青く広がっていた。
 ところが船が東シナ海の中央に着いたころ、海に浮かんでいる白い物体がそこかしこに見られるようになった。最初はカゴメが漂流物の上にのっかって休憩してるのかなと思ったが、目を凝らしてよく見るとゴミと化して浮いている発泡スチロールの欠けた箱の一部が海上一面に漂っているのだ。公海のど真ん中がまるで戦後の汚れたゴミだらけの都心の川のようだ。さらに中国大陸まであと2、3時間程になると海の水は土色にくすみ、どぶ川のようになっていた。

写真上:瀬戸内海の淡路大橋を望んで

写真下:上海の河口、美しいビル群がスモッグでかすんで見えない

上海の河口
 同時にこの頃にはもう太陽の姿はスモッグで確認することができなくなり、 そのあと中国にいる間は勿論見えず、帰りの飛行機に乗ってからしばらくしてやっと見ることができた。その太陽との出会いも、飛行機が上昇する時、まずスモッグの層を通り抜け、次に雲の中に機体が入り、それを抜けたら青空で太陽がみえるかと思いきや、さらにその上もまたスモッグの煤煙の層があり、それを抜けたらやっと太陽と対面できたというものだった。かなり上空までスモッグの層が広がっているわけだ。
 まあ一度だけ上海からニンポーに架かる世界一長い陸橋を高速バスで走っている時、太陽の丸い形をぼんやりと見ることができた。海の上に架かっているから少しは空気がきれいなのかもしれない。この地で子供たちに空を描けと言ったら灰色に塗るのではないか。さらに太陽を描けといったらどうなるのだろう。このスモッグの街はネオンの色がよく映える。夕方になるとそれまでスモッグでかすんで無彩色だった空間が突然極彩色に変身する。細かい空気中のゴミ粒子がネオンの光を拡散させるからだ。


20元札上が偽物、下が本物
 さて次はニンポーでの話。デパートの買い物で僕が20元札を出したら、レジのお姉さんが「これは偽物だから使えません」ときた。下町で買い物している時に、おつりでもらったものだ。『うゎー、これで僕は警察に呼ばれ事情聴取をされるぞ、なにせ偽札事件なんだから。いい体験ができる』と内心興奮していた。ところがこのお姉さん、けろりとして、僕が別の20元紙幣を出したらこれは本物だといいレジに入れ、あとは何事もなかったかのように、レジ打ちを続けた。
 この国はこういった女性まで驚かないぐらい偽札が横行しているのだろう。銀行やデパートなどでは偽札はチェックされるが、一般の商店などでは普通に流通しているみたいだ。

写真上:偽物の20元札。よく使い込まれている。デパート等に持ち込むと見つかってしまうらしい。下の新しいのは本物。

ニンポーの5つ星ホテル
 僕が泊ったホテル(中信ニンポー国際大酒店)は生まれて初めて泊る5星ホテルで、僕の娘が半額以下に割引しているからとネットで予約してくれたもの。泊っている間中、沢山の新婚カップルを見た。
写真右:夕方の5時、ネオンがスモッグに映える僕のホテル
写真下:そのホテルの19階からの眺望(午後3時頃なのにまるで夕闇だ)

 そのホテルが夜の10時半ごろ電気がパチパチし始めて10分もすると停電になってしまった。僕は真っ青。漏電で30階のビルが火事になったら19階の部屋の僕はどうなるか。直ぐ靴下と靴を履いて真っ暗な(非常電源もない)廊下を手探りで非常出口まで確認に出かけた。
ホテルからの眺め
電気が来てないからあの緑色の非常口を示す人形の絵柄も確認できない。隣部屋のおばさんは何かヒステリーになって旦那か彼氏に怒鳴っていたが他の部屋は静かで物音もしない。勿論エレベーターはストップしたまま。その状態で20分程したらまた電気がパチパチし始めて、数分後に元通りになった。新婚カップルへのサービスでもあるまいに。ついでに書かせてもらえば部屋にコンドームが用意してあった。もらってこようとしたが妻にばれると疑われるので止めた。
 その後、僕はもう心配でズボンと靴を履いたまま、焦げた臭いがしないか、消防車のサイレンが聞こえるのではと鼻と耳を澄ましながら、ベットで横になっていた。電気がきた後、ホテルから何の連絡もなかったことから考えると、これも日常茶飯事に起きていることなのだろう。これなら説明なく脱線列車を埋めてしまうことなどなんでもないことだろう。

 街を歩いて嬉しかったことは、ほとんどの女性がグラマーだったことだ。だが残念なことに日本のように胸の谷間を見せてるようなドレスの女性はいなかった。よく見ると脚も太かった。あの足も胸もよく食べ、よく働いた結果なのだろうと僕は納得していた。これから中国社会が発展し、女が自分の体を武器にしはじめると脚は細くなるのだろうか。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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