マインドフルネス!高橋コレクション展 2014

<マインドフルネス!高橋コレクション展 2014> 
名古屋で始まる
2014年4月12日~6月8日…名古屋市美術館


高橋コレクション展入り口
 ある精神科医が収集しまくった現代美術作品の美術展が市美術館で始まった。写真右:名古屋市美術館、高橋コレクション展入り口
 この美術展は日本各地でも開かれ好評だという。僕も見てたしかにそうだろうと思った。だが名古屋では果たして盛り上がるかどうか心配だ。作品の所有者である高橋氏は、内覧会のオープニング挨拶でも「これまでの会場ではスーツにネクタイの観客はほとんどいなかったが、ここは雰囲気が全然違いますね」と述べていた。彼はおそらく、現代美術ではなく、まるで伝統の日本画展を観に来る客層のようだと言いたかったのだろう。

 僕が観察したところそれに加え、この内覧会に名古屋の画家がほとんどいなかった事も異常だった。これ等の事をどう判断すればいいのだろう。絵画技術を重視する公募展作家がほとんどの名古屋では、アイデア中心の先端美術作家たちに興味が湧かないのか。まあ僕の考えを簡単にまとめれば「名古屋人は創造を最重視した現代アートに興味が無く、伝統的、趣味の世界である芸能(お茶、お花、美術でいうと日展のようなもの)に憧れを抱くのだろう。芸能と芸術の区別ができていないのかもしれない。」ということだ。

 おもしろいことはこういう保守的な地から超革新的ヒーロー、ヒロインが現れていることだ。コレクターである精神科医の高橋さんもその一人だろう。彼は旭ヶ丘高校出身の名古屋人だ。奈良さんをはじめ先年亡くなった荒川さん等美術界の多くの有名人も名古屋人だ。
‘出る杭は打たれる’のこの地で常に反発を受け、無視されていると、中にはものすごいエネルギーで立ち向かう者が出る。そんな人が歴史を作るものだ。

Undead Family 小出ナオキ
 さて会場を見て回っての僕の感想だが、第1室にある最初の彫刻作品に僕はまず度肝を抜かれた。家族4人と犬の彫刻がすごくユニークで面白い。
写真左:小出ナオキの作品「Undead Family」
 隣に奈良美智の作品があったけれど迫力でははるかにこちらが優っていた。作者は名古屋の千種高校出身だという。(作者が在校当時の千種高校は名古屋のトップ高校だった。)

 感心して作品を見ている僕に「山田君じゃないの」と声を掛けた白髪の爺さんがいた。「オウ、小出君じゃないか。どうして堅物のあんたがこんな現代美術展にいるの?」と僕。彼は元中学教の数学教師で校長会の会長までやった男。大学時代は僕と仲がよく一緒にスキーツアーにもいったものだ。ツアーの夜、参加した50人程の男子学生で、一緒に参加している女子大生の美人コンテストもやった。(余計な自慢だが僕はその折、1位になったMさんを数日後、彼女にしてしまった。1年後には振られるが)。

 彼、小出君は恩師である理数系の教授の娘と結婚をしている。卒業してから僕は現代アートにシフトして教師仲間の集まりには加わらなかった。だから彼とも疎遠になり、この日は50年ぶりの再会であった。なんと彼は僕が目をとめた家族彫刻を作った作家、小出ナオキの父親であった。あんな堅物の男がよく息子を現代美術の作家にしたものだとまた驚かされた。

小出君親子と僕
 そこへ僕の旧知の現代美術の超有名なギャラリストである小山登美夫さんがやってきた。「山田さん、小出君いいでしょう。僕のギャラリーで育てている作家です」と言われた。いやあ、全てが偶然に不思議な糸で繋がっている気がした。(玄侑宗久の「中陰の花」を思い出した。)超保守的な名古屋で超保守的な親から、革新的狂気に満ちた作家が出たのだ。前述したように保守的なものに対する反発がこの作家を生み出したのだろうと納得した。彼は30歳過ぎまで認められず、父親である僕の大学時代の友人は相当息子を援助していたらしい。その息子が今は脚光を浴びているため、彼はうれしさのあまり息子の展覧会にはほとんど出掛け、作品の際に立ち観客の驚きの声を聞くのを好み、作家仲間では小出さんの父として有名であるという。
写真右上:小出君の親子と僕(市美レストランにて)

 現代美術家になってしまった僕は、それがため仲間の教育者連中から排除され、いじめられたのに、その中の一人の息子が同じ現代美術の作家になり、メロメロになっている父親の姿を僕はどう受け止めればいいのか。しかし誤解を招かないように言っておくが、そんな連中の中でも彼は心が広く、僕が教師をしながらテレビ番組にレギュラー出演をしていた時も、見逃してくれている。


坂本夏子作品
 このコレクション展にはその他、草間彌生、村上隆、山口晃等が出している。20代なのにこの美術展に選ばれ出品している夢世界を描いたような坂本夏子や鉛筆を華麗に使いこなす熊沢未來子は、以前堀財団の「Dアートビエンナーレ」に推薦されたのに出品を辞退している作家達だ。二人はもう今日のあることを知っていて、大賞30万円の名古屋の展覧会だから蹴ったのだろうか。「Dアートビエンナーレ」を主宰した堀財団の会長と会場を見て歩きながら、現在の「Dアートビエンナーレ」は最高賞金額が500万円になっているから、次回は出すだろうかなどと話し合った。
写真左上:坂本夏子の作品「BATH,R 2009-10」

熊沢未来子作品
写真右:熊澤未來子「侵食 2009」

 「山彊先生、堀会長も高橋さんよりはるか高額でコレクションをしているのでしょう。この高橋コレクションをどう思っているのでしょうか」。ある意味でうらやましいと思っているのだろうが、彼は企業家だから藤田嗣治のような評価済みの作品しか購入しない。会長の父も兄も医者。だから医者として集める高橋さんの気持ちも分かるから興味を持ったようだ。
 『石橋を叩いても渡らない名古屋人』と揶揄されるが、だからこそそこを突き破るすごい人間がいることを今回の展覧会で再確認した次第である。



 例によって平成名古屋百鬼夜行の妖怪画から2点を紹介させていただく。人間すべて繋がっているという「中陰の鬼神」と江戸時代における現代美術と言える「北斎画」の2点である。

㊱妖怪 玄侑宗久の「中陰の鬼神」

中陰の鬼神



 この世の中、全て不思議の糸でつながっている。玄侑宗久の「中陰の花」を読んでいると、そう感じられる。そのことをチベット仏教の曼荼羅絵を真似て描いてみた。









㊲「北斎大須妖怪」
 
北斎大須妖怪


 1813年、北斎は自分の本の宣伝のため名古屋にやって来て、大須にある西本願寺で人々を集め120畳大の紙に達磨絵を描くというパフォーマンスを行った。あまりの巨大なサイズにさすがの北斎もややバランスを失くした感があるが、本を売るための宣伝にこんなパフォーマンスをやってのける北斎に拍手喝さいしたい。その折の北斎を妖怪にしてみた。




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はじめまして

【芸術の20世紀 喪失宣言】一現代美術・残された最後の提案一

本当の「20世紀」
http://geijutuno20ctsousitu.blog.fc2.com/
3870vtni@jcom.home.ne.jp


はじめまして、こちらの記事を拝見し、興味をお持ちいただけるかと思い

このメールを送らせていただきました。

「天才の時代は終わらせなければいけないと思うのです。」
「いえ、それは100年も前に終わっていたのです。」

こちらへの投稿は筋違いかもしれませんが、お読みただければ光栄です。

このメールの投稿には、一切の営利に関わる意図はありません。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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