「アウシュビッツ」発言

「アウシュビッツ」発言をどう思うか    
    ―中日新聞の3面トップ記事より

8月25日中日夕刊
 この8月25日、中日新聞の夕刊3面に大きく載った記事が気になった。福岡教育大学主催の講演会で名古屋の大学の教授が話した内容についてだ。名古屋市にある同和地区の中学に勤務する教員の相談を受けた際に、その学校の教師が「ここはアウシュビッツだ」と言ったことがそのまま紀要に掲載され、不適切な内容として回収しているというものだ。
写真上:中日新聞の3面トップ記事(8月25日・夕刊)
 この記事、いまいち僕には理解ができなかった。アウシュビッツを例に出したから強制収容所で亡くなった人に失礼なのか、名古屋の当学校の先生や学区の人々に悪いのか。僕も良く教育関係の講演に出かけるが、これぐらいの言葉は話の乗りで言うかもしれない。名古屋に似て保守的で劣等意識のある教育委員会が大学側に一矢報いようとしたのか。地獄の現場を知らないくせに面白おかしく話すなと言いたいのか。
山田彊一教育関連本

 教育について本を出したり文を書いたりしている僕は、当然この同和地区の中学も調べ上げている。名古屋の先生はこの学校に赴任が決まるとほとんどの人が「シベリア抑留になった」とか「アウシュビッツに送られた」とか言い合っていた。これが名古屋の一般の教師の思考だ。この中学の内情はすごかった。危険だからと防弾チョッキを教育委員会の暗黙の許可を得て2着購入していたし、教師が保護者に金品を要求されていただけでなく、校長、教頭が保護者の要求でコンビニまで食べ物を購入に走っていた。恐喝は保護者からだけでなく卒業生からもあり、半年間給料を巻き上げられていた先生もいた。僕もこのことを「これを新聞社がかぎつけたら全国ニュースになる」と友人等に話したことがある。案の定これを聞きつけて東京の朝日新聞が本当に我が家へ取材に来た。けれど僕は記者にそれ以上のことを語らず逃げたことがある。当時の松原市長の奥さんは僕の同級生であったし、新聞が取り上げれば僕の先輩後輩が窮地に追い込まれるという思いもあったからだ。世間に現状を知らしめる必要はあるとは思ってはいたが。学校側は先生等に緘口令をひいて新聞発表を逃げ切った。学校での出来事が事実であっても、外へ出すことは名古屋の教育界では許されないのだ。写真上:私の出版した教育関係の著書『中学が爆発する』(風媒社)、『僕らにできる教育革命』(アドア出版) 
 
 悔しいのはほとんどの教師が虚無症状で、意欲的に生き抜こうとしないことだ。教師(人間)という尊厳をなくしている。牛舎で飼われている牛のようにされるがままになっていると思われる。「名古屋の教育はそこに問題があるのですか」。僕はそう思うが、共産党系の先生に言わせれば「名古屋の管理教育に問題あり」となる。まあ牛たちも人間に管理されていると言えなくもないから大きく間違ってもいない。それでいくと当時の僕は牛舎から逃げ出した牛だったかもしれない。牛舎の連中に僕は村八分にされていた。

愛知の教育愛知の教師
< 『愛知の教育・愛知の教師』を出版した渡辺行郎さんに言わせると僕は教育界のエリートと違ったエリートだという(挿入文参照)。牛舎で手本になる牛でなく外で自由に草をはむ牛ということか。それはさておき一つ忘れてならないのは、牛舎内にいようが外だろうが目の前に子供たちがいることだ。子供たちを好きな教師であれば、何があっても彼等から逃げようとしないものだ。子供たちを好きでなかったら教師になるべきではない。
 以前「教師は今どうあるべきですか?」と、名古屋での5千万円恐喝事件の折りに僕はテレビ取材を受けたことがある。「生徒たちに先生は寄り添うべきですよ。例えば一緒に銭湯へ行ったり、母親のいない子には夕食のカレーでも作りに行ったりとか、」と答えた。この発言に驚いた記者が「そんなやれないことを言っても仕方がない。現実にやれる人がいるんですか」と僕のコメントにいら立って質問をかえしてきた。「少なくとも僕は以前からやってますよ」と答えた。これは記者にとって信じられない答えだったようだ。世間もこんな気持ちの人が多く、新しく教師になる人も同じ思考の仲間たちであろう。だから教育が行き詰まっているのではないだろうか。

写真上:『愛知の教育・愛知の教師』の中で僕を取り上げた文
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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