お釈迦様になろうと?虎にわが身を与えた中国人男性

お釈迦様になろうと?虎にわが身を与えた中国人男性

捨身飼虎図
 2014年の2月16日、中国、四川省の動物園のベンガル虎の檻に飛び込んだ男がいた。この話を知った時、僕の脳裏にまず浮かんだのは、法隆寺にある玉虫厨子内に描かれた「捨身飼虎図」(写真右)だった。これは崖の上にやって来たお釈迦様の前世である薩タ王子が下に飢えて死にかけている虎の親子を目にしたその後を描いたものだ。不憫に思った王子は衣を脱いで木に掛け、飛び込んで我が身を虎に与え食べさせている。服を脱ぐ、飛び込む、虎が食べているという場面を一つの画面にアニメ的に描いている作品だ。
 昨今、いろいろ騒がれている中国だが、やはり仏教大国の国の民はすごいと関心させられた。考えてみるとPM2.5の問題にしても自分の命を懸け逃げずに戦っている。お釈迦様のようではないか。お釈迦様は命を捨てたけれどPM2.5がひどくなってもすぐに命が奪われるわけではないと高を括っているのか。とは言うものの、その国に生まれ育ったなら簡単に逃げ出せるものではない。日本でも福島原発の事故後、海にも放射能が漏れ出ているけれど我々は魚を食べているし、放射能が危険だからと海外に移住したという話はあまり聞かない。

晴天の5月の北京の空
 しかしまあ、中国人はすごい、前向きだ。先回僕が北京へ行った折、案内をしてくれたガイド嬢が「今日も天気が曇りで視界が悪くて申し訳ありません」と真顔で話をしてくれたのには驚いた。PM2.5とは思っていないのだ。いや、そう説明しないと公安警察に捕まるとか?曇りならビルの屋上や上空は見えないこともあるが、水平方向の前方100メートル程は見えるはずだ。前も上も見えず、鼻の中が黒くなるのは明らかに天気が雲りだからではない。写真上:ものすごく晴天なのに太陽がくすんで見える5月の北京
 日本人だけか、こんなに大騒ぎするのは、と思ったりもするが、福島原発事故が世界に報じられた後、韓国の学校が放射能の影響を心配して学級閉鎖になったという事を聞いたことがある。その時は何と大げさなと思ったが同じかもしれない。
 トヨタ系の会社に入った僕の教え子は結婚してすぐに転勤で北京へ行くことになった。トヨタ系会社による転勤者の説明会があり、会場には夫の転勤に伴って一緒に暮らす家族も来ていて賑やかだったという。ところがそれは中国以外の主に欧米へ行く人たちの家族で、同じ会場内でも北京や上海へ行く社員は、すべてが単身赴任で妻や子供たちの誰も同伴せず、お通夜のようであったという。彼等もある意味では「捨身飼虎図」のごとく捨て身で中国に向かうのだろう。

ベンガルトラ (250x167)写真右:中国に多いベンガルトラ
 ところで虎の檻に飛び込んだ男の真相は説明文をよく読んだら僕の想いとは違っていた。うつ病のため死にたいと思った男性が、そのために飛び込んだ自殺のようだった。しかし解せぬのは、死ぬのに、何故わざわざたくさんの来園者のいる前で自分を食べさせようとしたかだ。虎に足や腕が噛み切られてもまだ生きているかもしれぬ。そんな恐怖の中で死にたいのか。その瞬間を何故人々に見せたいのか。またどうしてワニや蛇のアナコンダ、ライオンや豹ではなく虎に食べてもらいたいのか。普通自殺は人々の目の届かないところでするものと思っていたが。謎は深まる???
 「山彊先生、その結果はどうなったのですか。無事?食べてもらえたのですか」。中国のマスコミ発表によると、檻に入った男は虎に食べてもらえず、頭に来て虎を挑発し回ったという。虎は仕方なくひっかいたり引きずり回したということだ。その結果、男は16か所に擦り傷を負ったという。きっと動物園で生まれ、いつもたっぷりの餌を与えられている虎は人間を食べることを考え付かないのだろう。生きる目的もなく虎もうつ病になっていたかも知れない。虎にとってはいいお友達が来たと思っていたのではないか。1か所ぐらい噛みついてもよさそうなのに。お釈迦様はきっと嘆き悲しんでいるに違いない。

平安神宮四神図
 ところで僕はいま中国の妖怪を調べている。だから男が自分を虎に食わせたかったのには何か理由があると思って調べてみた。
 中国では昔、虎の肉を食べると不老長寿になったという話があった。とすると男は虎に食いつくために檻へ入ったのか。まあこれは考えられない。中国の妖怪話でよく登場するのが虎であるのだ。
 『太平広記』や『古今説話』等によると、虎に変身する話がよく出て来る。中国四神である青龍、鳳凰、玄武(亀とヘビの合体したようなもの)、白虎の中で、虎だけは現実の生き物だ。写真左:平安神宮の説明による、各方角を守る四神図
 だから民話によく登場し、崇められてもいるのだろう。中国に『倀鬼』と言う妖怪がいるがこれは虎に食い殺された人の妖怪でその後虎の配下になって暴れまくるという。虎の檻に飛び込んだ男は食われることでスーパーマンになろうとしたのかもしれない。

 ちなみに寅年の僕が好きな中国の諺『虎老雄心在』で、これは「肉体が老いても、立ち向かいチャレンジする精神を持ち続けること」と言う意味らしい。僕は今でも日本のピカソになってやるぞという夢を持っている。「山彊先生、ピカソは70歳を過ぎてからも不倫をしていたという事を聞きましたが、先生はそちらを目指しているのではありませんか?」


今回も例によって僕が描いた平成名古屋百鬼夜行の妖怪から虎関係の2点を紹介させていただく。

㉚『妖怪・恋トラ三兄弟』(泉浄院) 
妖怪恋トラ三兄弟
 犬山の山の上に建つ「泉浄院」には虎が祀られていて山道の境内には3体の虎の彫刻がある。愛知県でトラの祀られている寺社はここだけだ。深山幽谷の雰意気がある境内を登っていくと石のトラに出くわす。彼女を連れていき口説けばまず落ちるところと僕は皆に推薦している。愛知県では一番高い所に咲く美しい桜が見られると言われている。先回出版した僕の妖怪本でも詳しく紹介している。(その中で寺内の障子には堂本印象の襖絵があり、それが進駐軍によって落書きされたと書いたが、堂本印象の作品は無事で、他の作家の絵であったことが、判明した。豊田市美術館の吉田館長に同行を願いその検証の結果による。お詫びと訂正をお願いしたい。)



㉛『妖怪・鬼清正』  
妖怪鬼清正
 名古屋の中村に住んでいた鍛冶屋の息子である加藤清正は朝鮮征伐のおり、虎を退治し、朝鮮の民衆から鬼の加藤清正と言って恐れられたという。朝鮮の人々はものすごい恐怖を鬼と言う言葉で代用したのであろう。僕の幼い頃は虎を槍で退治した郷土の英雄として清正は教えられた。 イラストには韓国国旗の色を使わせていただいた。


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR