20代で単身ケニヤへ行き、現地でレストランを開いた女の子

20代で単身ケニヤへ行き、現地でレストランを開いた女の子
―45歳の教え子の同窓会に出席して―

 30年前、僕が45歳時に教えていて、現在は45歳になった教え子の初めての同窓会に出た。この子たちは僕が名古屋周辺の問題中学から都心の中学に転勤して最初に教えた生徒達だ。その時彼らは3年生だったので僕とは1年間だけの付き合いだ。しかも美術だけ教えて担任はしなかったので、僕のことをあまり覚えていないのではと思い、直ぐに失礼しようと考えていた。ところが45歳でも随分艶っぽい女の子たちから、先生の授業のインパクトは強烈でものすごい思い出として残っていると言われ、2次会まで付き合ってしまった。  
 曰く、「先生の授業で初めて美術というものが楽しいと分かった」「美術は絵を描くだけではなく、身の回りのすべての物が材料になるんだ」とか「顔や手に直接描いたり張ったりしたこともあったネ」等々。また「授業中に話す先生の話は滅茶苦茶面白かった」とも。
 ある時、授業中に美人論に話が及んだそうだ。「先生が美術の見方はいろいろあるが、美人かどうかという見方もいろいろだ。時代によってまた場所によって違う」そう言ってインド美人を例に挙げた。「例えばあの聖なる国インドへ行ったら、このクラスの誰が一番美人と言われるか分かるかね」と質問した。皆がひょっとして自分ではと期待して構えたという。「ところが先生の選んだ子は少しポッチャリ形で私たちが想像した美人像では無かった」(僕はその頃インドに嵌まっていて休みを利用して3回、インドを訪問し、合計すると2か月間も滞在している。当時のインドで美人と言われたのは色白で太った女性だった。当時のインド映画に登場するヒロインはほぼこのタイプだった)。
ナイロビ中心街
 この話をしてくれたのは意欲的な学習態度で僕の記憶の中にいつまでも残っていた生徒だ。彼女は大学卒業後も僕の授業での話が気になって、インドへまず出掛けて確かめ、次にアフリカはどうだろうかとケニヤまで行ってしまったという。ケニヤ滞在中に日本から旅行でやって来た男性と結婚し、日本料理店まで開いている。彼女はアフリカに嵌まったのだ。10年くらいケニヤにいたが、子供が大きくなると教育のことが心配になり、いまは日本に帰っている。今回、この同窓会を仕切ったのも彼女だ。彼女なら何でもできるであろう。
 
 僕は彼女がケニヤへ行く数年前にケニヤへ行っている。もし僕が行ったのが数年後で彼女が日本料理店を経営していることを知っていたら、当然彼女の店に寄っただろう。「そうか、君の料理をケニヤで食べたかったなあ」と言ったら彼女も残念がっていた。

写真右上:ナイロビの中心街。電話に並ぶ人々。(カメラを出すと襲われそうだから街中のスナップはこれぐらいしかない。道端にはやることもなくボーとしている男が多く僕はびくびくして歩いていた)。

絵具をもらい喜ぶ画家たち
 僕がケニヤへ行ったのは、現地の絵描き達に美術の指導をしてほしいとアフリカ支援をしている団体から頼まれたからである。同時に日本でいらなくなった絵具を絵具会社から集め、ケニヤの絵描き達に無料で配ろうという計画もあり、それらを引き受けて、一人で出かけた。
写真左:絵具をもらい喜ぶケニヤの画家たち

 ケニヤで泊まった最初のホテル(首都ナイロビにある三ツ星ホテル)では、朝1階の食堂へ行っているうちに、鍵をかけて出たのにもかかわらず、部屋へドロボーが入り(ボーイとグルになっているようだ)、その日のうちに町はずれの部落民が住む地域の隣にある安宿に移った。お金が少なくなったこともあるが、より原住民に密着した生活をしたかったことにもよる。刑務所の独房のような生セメントむき出しの床で2、3畳の広さだった。けれど、きつい生活状況の反面、これこそがアフリカなのだと僕は楽しんでいた。この宿で大変だったのは朝晩朝晩、村からねーちゃんがやってくることだ。朝は僕が食事をしている間、交際を申し出てくる。僕の掌にボールペンで自分の電話番号を書き、いつでもOKだと言ってくる。まじめな僕?はもちろんのらなかったが(エイズが怖いこともある)何度もやって来た。顔の黒くない子供を産むと生活が楽になるらしい。ハーフの子は大きくなった時仕事を見つけやすいそうだ。又そんな子ができても夫は何も言わないらしい。

中日新聞
 ところで現地の画家たちに美術を教えるという主目的は、講演もその後に続く現地人と一緒にやったパフォーマンスアートも大成功だった。彼らも喜んでくれたが、僕もアフリカの地で彼らのエネルギーを肌で感じ取ることができ、大いに感動した。
写真右:僕のケニヤ行きが載った中日新聞

 向こうで知りあった売れっ子の絵描きのマンションも訪問した。彼は金持ちで建物の前には銃を持ったガードマンが立ち、建物の入り口にはいかつい鉄格子の門があり、部屋の前にも同じような鉄格子があった。さらに彼らの部屋は4階なのにベランダにも鉄格子があるのには本当に驚いてしまった。いかにこの国が危険かわかる。

 ケニヤで料理屋を開いた教え子はここへ20代で単身やってきたわけだ。えくぼのできる可愛い女性だが、このすごい生き方に僕は脱帽だ。芸術は人のやらないことをやれと教えたが、彼女は人のやらない人生をやっている。「生き方もアートよ」と僕に語っているようだ。この後の人生を彼女はどう生きるのだろうか。子供を日本に置いてまたケニヤに帰るのか、それとも?他人のアート人生を見ているようで興味が尽きない。

うのはな館
 ついでに僕とケニヤのもう1つの関係を記す。先年開かれた愛知万博の折、ケニヤのフレンドシップパートナーとして名乗り出たのが東浦町だった。ここには僕のアトリエがある。日ごろは住んでいなくて、僕の絵の倉庫にもなっている。僕のケニヤ滞在を新聞で知っていた町のトップから、ケニヤのゲストハウスとして使わせてもらえないかと依頼があり、無料提供を承諾した。このアトリエには100号大の作品が40点ばかり保存してあったが、宿泊するケニヤ人が作品に傷をつけることを恐れた町の役人から「山田先生、もしよかったら全て私の町の資料館にいただけませんか。お金は出ませんが大切に保管させていただき、講演をたくさんやってもらって、少しは穴埋めをさせていただきますが」と言われた。そういうわけでこの町の「うのはな郷土資料館」には30点程の僕の大作が永久保存されることになった。
写真上:東浦町うのはな郷土資料館(僕の大作が30点程コレクションしてある)

 同窓会からケニヤの話に飛んでしまった。女の子なのにこのような冒険をしたという話で、元気にこの年を乗り切りましょうという新年のメッセージになればと思っている。僕も彼女からエネルギーをもらい、今年もやってやるぞと思っている。今年は5月にニューヨークへ行きセントラルパークで展覧会をする計画も持っている。このニューヨーク美術展は、画家や絵に興味のある人はだれでも参加できるように僕が計画した。
※よかったら参加してください。いずれこのブログできちんと紹介させていただくつもりです。



 例によって平成名古屋百鬼夜行から妖怪作品を2つ紹介させていただく。先回は「名古屋のおばさん98」だったが、今回は若い女の子にシフトする。名古屋と言えば、SKE48だが、最近頑張っている超元気地元アイドルOS☆Uも注目だ。でも彼女らの妖怪版も実は存在するのだ。そんな妖怪を紹介しよう。

㉒ 「妖怪 SKE48」  写真右
妖怪SKE48
 明治時代、名古屋は美人の産地で知られていた。新橋の芸者のほとんどが名古屋出身であったと言われる。口はおちょぼ口で小さく丸顔でエラが張っていない。そんな雰囲気で『SKE48』妖怪を描いてみた。その昔、現在の「SKE48」の劇場付近(大津通と錦通りの交差点)には牢獄があったと言う。罪人は広小路を引きまわされ見世物された後、ここの牢獄に入れられた。「SKE48」のショウも見世物。妖怪が二つを引き合わせたのではないか。ちなみにこの土地は戦争前、叔父であるアルペン(スポーツ)の物であった。だから僕は詳しい。




㉓ 「妖怪 OS☆U」 写真下
妖怪OSU




 大須には猫がよく似合う。化け猫話があるし、おから猫も大須にある。「OS☆U」がイベントをやるようになったのは大須新天地のでかい招き猫の前。これは猫妖怪が仕組んだことだと思う。というわけで猫とOS☆Uの合体作品を描いてみた。僕の提案だが、大須を舞台に猫アートコンクールをやったらどうだろう。間違いなく全国から人が集まると思う。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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