森部英司個展

馬に乗って絵を描く現代美術アーティスト
「森部英司個展」
  会場:横浜市中区根岸台1-3『馬の博物館』
  会期:2013年9月4日〜10月27日


馬に乗って作品を制作
 森部英司君から横浜での個展案内状をもらった。今回は遠距離だから止めておこうと思ったが案内状を見て気が変わった。彼のこれまでと同じ作品だけでなく、馬に乗って大きな筆を抱かえ、疾走する彼の映像があったからだ。
写真右:馬を走らせながら作品制作をする作家

個展会場 馬場に建てられた10mほどのベニヤのキャンバスに並行して馬を走らせる。馬上には大きな絵筆を持った画家が馬の走りに合わせてキャンバスに色を塗りつける。すると直線の太い筆痕が残る。それを色変えして4,5回続ける。そうするとスピード感にあふれた横線のみの、抽象絵画ができあがる。横に筆を走らせるだけだから特別うまいわけでもない。この作品、保守的な名古屋地区では評価されないかもしれないが、世界的にはこれでいいのだ。絵はうまいことよりもコンセプトが重要だ。写真左:個展会場


ポロックとその作品
 絵描きならだれでも知っているジャクソン・ポロックは絵具をキャンバスにたらすだけの作家で、子供でも真似ができる作品だ。なのに彼はアメリカで最高評価を受けた画家であり、作品も大きなものは数十億円もする。歴史上これまでの絵描きは、筆をキャンバスに乗せ、こすりつけるように描いていたが、ポロックは筆をキャンバスにつけることはなく絵具を垂らして作品にするのだ。この新しいコンセプトが認められて彼はアメリカ一の芸術家になっている。
写真上:制作中のポロックとその作品(講談社全集より)

ピカソ作 素人闘牛士
 ピカソも、写真のように描くのがうまいとされた従来の観点から見れば、絵が特別に上手ではない。描くものを上や下、右や左、前や後ろからといった多視点で見て描いた、いわゆるキュービニズムの手法が認められたのだ。だから何が描かれているかさっぱりわからず、子供でも描けると言われる。ピカソもまた、これまで誰もやったことのない観念、思考によって認められたのだ。
写真右:ピカソ作 素人闘牛士(集英社全集より)


 では森部君の行為も世界で初めてで、平成のピカソになれるかというと、そんな簡単なものではない。もしピカソやポロックがあの行為を日本にいてやったとしても見向きもされないだろう。評価できる評論家がいないのだ。どこでやるか、どの時代にやるかが重要なポイントになってくる。

写真下:博物館ロビーでの彼と僕
博物館ロビーでの彼と僕

 「では山彊先生が今の森部さんならどうやって、認められようとしますか」。
まずアメリカの馬場で同じ行為をするね。紹介は『馬の博物館』関係者にでも頼めばいい。
「できあがった作品は全て差し上げます」といえば飛びつくだろう。アメリカの馬場では100号キャンバスを30個程並べそこに筆を走らせるのだ。
「そんなうまくもない絵、アメリカ人が買うのでしょうか」。僕は欲しがると思う。アメリカの金持は1週間に一度くらい自宅でパーティーを開くという。その折の話題つくりに適している。上手いか下手かなんて素人には分からない。客たちの話題になって、それから馬話にでも広がればいいのだ。
「森部さんの渡米費用はどこから出るの?」。アメリカには馬場が数百はあるだろう。今後は折半で行けばいい。100号大だと1点100万円は取れる。30点だと3000万、その半分でも1500万円だ。これが実現するかどうかは本人のやる気次第だろう。寝ていては幸運はやってこないから。もちろん画家の美術に対する真摯な取り組みとたゆまぬ努力が下地として必要なのは言うまでもないことだが。村上隆が世界へ進出していった方法も参考になるのではと思う。


 さてまたまた前回に引き続いて、山彊の『名古屋百鬼夜行図』から新しい妖怪を2人(?)紹介したい。今回は名古屋城編と銘打って名古屋城に関連する妖怪に登場願おう。

妖怪 ドロ金
⑥妖怪「ドロ金」写真右

 名古屋城の金シャチは豪華な金が雨ざらしということで、常に大泥棒のターゲットになってきた。僕が女中さんに連れられ毎週のように金シャチ見物に行った際、いつもきまって彼女が話してくれたのは金シャチ泥棒のことだった。金箔のシャチがいかに贅沢なものか、幼稚園児の僕に話しても理解できないだろうと、この金シャチは泥棒さんにいつも狙われたんだよと解説してくれたわけだ。そんなイメージで金シャチ妖怪を描いてみた。ドロボーと金シャチの頭を取って命名してみた。


妖怪 土手崩れ



⑦妖怪「土手崩れ」写真左 お盆の夜にお城や堀川の土手に行くと、土木職人たちが酒を飲んで騒ぐ声が聞かれるという。だからこの頃になると、人々は城近くには行かなかったという。江戸の初期、城やお堀、河川に関わる工事はかなりの難工事で、ものすごい数の人が亡くなったという。その亡霊がお盆になるとこの世に帰って、ここで宴会をしているのだとささやかれている。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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