平成の名古屋百鬼夜行図

平成の名古屋百鬼夜行図

 先日出版した『名古屋力・妖怪篇』はおかげ様で好評だ。中に出てくる挿絵が面白いという意見も頂いた。僕は本文を書き進めながら、同時にその話に出てくる妖怪を挿絵として自分なりの解釈で描いてきた。
 幾度も述べているように妖怪は平安や室町、江戸時代といったいわゆる昔に登場したものだけではなく、現在でも生み出されている。『口裂け女』はその一例と言える。妖怪は人々の恐れや怒り等が勝手に作り上げるものだから、無くなることはないだろう。
 特に社会の動きが大きく変わる出来事が起こった時など、たくさんの妖怪が生まれる可能性が高いと言われている。今の日本はそれに当てはまるかもしれない。
 ところで中国や韓国では妖怪画が少ないと言われている。(中国では山海経に妖怪が登場するくらいだそうだ) これらの国々は大陸にあり常に他国から攻められる危険を抱え、現実の恐れの前には、目に見えない妖怪の恐れなど考えている余裕などなかったからだろうか。それに対して島国である日本は妖怪が生まれやすい環境と言えるかもしれない。
 そんなわけで昔から現代まで、人々の怨念や恐怖によって妖怪は創り出され続けている。それ故今から100年も過ぎたら、平成に生まれた妖怪も室町や江戸の妖怪と同じように語られるようになるに違いない。そんなことも考え、僕は「平成の名古屋百鬼夜行図」を描いて残そうと前に描いたものにさらに手を加えたり描き直したり、新しい妖怪を描いたりしている。

 「山彊先生、そうはいっても勝手に描き出していっていいのですか」。
例えば水木しげるの作り上げたゲゲゲの鬼太郎は完全な創作だ。なのに誰も文句は言っていない。妖怪研究者で認めている人さえいる。鬼太郎の中で登場する一反木綿や塗り壁、粉ひき爺、砂かけ婆等も話としては登場するが、歴史上その画像は登場していない。目玉おやじも一つ目小僧の変形バージョンとして水木しげるが創り出したものだろう。ならば僕がいくら妖怪を創り出したとしても問題はないのではないか。
 一現代美術家として楽しく面白く独創性に富んだ妖怪を創造してゆきたい。そしてそれらの妖怪を今後このブログで順次紹介し、その中から百体を選んで、名古屋百鬼夜行図を描き上げるつもりだ。
 
 というわけで今回のこのブログから早速妖怪たちを紹介していきたい。まず始めに我が「妖怪屋敷」の妖怪を紹介したいと思う。


人面ネズミ
1.人面ネズミ(妖怪屋敷の住民) 写真右
 僕の『名古屋力・妖怪篇』を読んだ男性からA4用紙数枚にびっしり印刷された感想をもらった。僕の本を一気に読んでしまったとのことで嬉しかった。
 彼曰く、いろいろ出てきた妖怪の中で、一番怖かったのは第13弾に登場する「突然現れた数十匹のネズミ」話だという。これらのネズミ、まだ妖怪となって我が天井裏にいるはずだ。なぜ「妖怪となって」と言えるかというと、死んでもある働きをしているからだ。時折どこからか住み着こうとして1,2匹のネズミ偵察隊がやってくるが2,3日間、天井裏を走り回るも住み着くことはなく去っていく。
 以前だと数か月留まって仲間を呼んだり、子供を産んだりしたため、僕とネズミとの仁義なき頭脳合戦になり、各種のネズミ取り器の出番とあいなったが、今は住み着かなくなった。たくさんの仲間の亡骸を見て去って行くのだろうか。それともネズミ妖怪がこの妖怪屋敷の主人はしぶといから去れとでも言っているのか。いまや我が家の用心棒となっている?そんなネズミ妖怪を、腹に僕の顔を入れた人面ネズミとして、かわいらしく描いてみた。


IMG怪岸花 (253x350)
2.怪岸花 写真右
 植えた覚えもないのに我が妖怪屋敷の鬼門に多量の彼岸花(別名曼珠沙華とも地獄花ともいう)が生えてきた。この彼岸花はモグラや野ネズミ、害虫等が嫌うらしく、遺体や穀物をだべられないよう墓場や畑の周囲に植えるという。
 我が家の彼岸花は何のつもりで数十本もまとまって生えてくるのか。我が家の犬は最後に、この上で蛆虫や羽化したばかりのハエにまみれて死んでいた。ここを死に場所に選んだ犬は賢明だが、土中の敵は排除できても飛んでくるハエには防御できなかったようだ。亡くなった原因は獣医によれば腫瘍らしいが。たくさんの彼岸花というイメージで描いてみた。


河村たかしそのまま妖怪
3.河村たかしそのままで妖怪 写真左
 僕の学区には河村名古屋市長の自宅がある。彼の祖先は尾張徳川藩の図書奉行であったとか。(市長の息子はうちの子供と同じ中学校で、彼が生徒会長に立候補する折には父ちゃんと同じフレーズで立候補演説をして仲間に受けていたという)。
 国会議員選挙のころから自転車に旗を付けて漕ぎ、我が妖怪屋敷の前も何度通ったことか。自転車から拡声器で「山田先生お元気ですか。・・・・」とやられると町内中に聞こえてちょっぴり恥ずかしくなる。
 だが考えてみると我が妖怪屋敷に声をかけられるのは妖怪の仲間に違いない。ということで市長の妖怪を描き始めたが、これを公表すると「選挙の応援になるのか、それとも罵倒になるのか」分からないからやめていたが、今回、選挙も終わったことでこっそりブログに載せさせていただく。僕のブログを見られた方の評判がよかったら、名古屋百鬼夜行の一員にしたいが。皆さんの反応待ちといったところ。一員になったらもう少し妖怪らしく描き直したい。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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