メキシコでの展覧会を終えて

メキシコでの展覧会を終えて

日本美術展19人の作家たち
 河村市長のメッセージを持ってメキシコでの展覧会に臨んだ。会場はメキシコシティにある日本会館だ。写真右:日本美術展の19人の作家たち
 ここはこの国に数万人いる日系人の1世、2世、3世、4世達の拠点でもある。日本会館の敷地内には数館の建物や日本庭園、広場などがあり、展覧会の最終日(5月12日)は会館の記念日(子供の日)に当たり、1万人近い人が集まった。だから展覧会会場へも数千人が入ったと思われる。『19人の日本美術家展』の作品も10数点が売れ、日本から持ち込んだ100点ほどのチャリティーの品もほぼ売れてしまった。作品は抽象画より桜やお城と言った日本の郷愁を誘うものに人気が集まった。

 チャリティー用に持ち込んだ着物を日系人のお客が買おうと思って試着したが、うまく着られない。ここにいる多くの中年日系人女性は現地の女性同様、太り過ぎで帯が巻けない。我々のメンバーには着付けもできる婦人がいてその客の着付けをしていたが「胴が太くて帯を2回胴の周りに回すことができないから一回だけ回して着せておいたわ」と言っていた。結果的には、その着物は日系デブ夫人に買われていった。

日本会館でのお好み焼き

 大きな日本庭園では食べ物の店も出ていた。1番人気で行列のできている店はお好み屋であった。小麦粉の中に野菜や果物をみじん切りにして混ぜ、直径15センチで1センチ位の厚さにして2枚重ね、その上に辛そうなソースを掛けて食べていた。
写真左:お好み焼き作りの様子

日本会館での天ぷらそば

 隣で売る天ぷらそばには驚いた。茶碗の底に2センチほどお汁を入れ、その上に冷たいそばを乗せ、またその上に天ぷらのふんわりしたかき上げを乗せたものだ。ざるそばの様な、掛けそばの様な、天ぷら丼の様な食べ物だった。
写真左:会場で売られている天ぷら蕎麦



似顔絵を描くメンバー
 メンバーの一人、元岐阜県美術館の副館長は子供や可愛い女性の似顔絵を描き、人だかりだった。今後海外へ行く美術家はこの用に似顔絵を描ける準備をしていくと、描きながら人々とのコミュニケーションが取れ、とても有効だと僕は常々思っている。時折、かなり太ったおばさんまで描いてほしいと前に座るから副館長氏は嫌がっていた。無料で描いているんだから、せめて若くてかわいい女性を描かせてほしいという気持ちだったんだろう。気持ちは分からなくもない。(でも国際交流のためなんだから、体重や年齢で差別してはいけませんよ、なんちゃって他人事だから言える)
写真右:会場内で似顔絵を描く画家メンバー

名古屋から送られた御神輿

 会館内には友好姉妹都市である名古屋から送られた朱色と金の御神輿も飾られていて、時々担ぐようだ。
写真左:名古屋から送られた御神輿






 
市長メッセージを渡す僕
 河村市長のメッセージは僕が読み上げ、会長に差し上げたのであるが、会長からも、これからは文化芸術の面でも名古屋市とメキシコ市の橋渡しをしましょうと言う返書をいただいてきた。
写真右:河村市長のメッセージを戸田会長に渡す僕







 中国の南京市とトラブルを起こしている現在、フリーダ・カーロやリベラ、シケイロスといった巨匠を生み出したメキシコとアート面の交流をするのも悪くないと思える。これ等の画家について大方の名古屋人は知っていると思う。名古屋市美術館の常設展では彼等の絵がいつも見られるし、フリーダ・カーロ展もかつて行われた。しかし名前位しか知らないという人も多いのではないか。彼等のことをもっと知るべきだと思う。彼らの体を張った生き様や芸術家としての行動を知れば知るほど、彼等の絵の深い意味が伝わってくる。メキシコ人は彼らを誇りに思っていることが、街のあちこちの建物に見られる壁画からも分かるし、彼らの精神は現代のメキシコ人にも受け継がれているようだ。

 帰りの飛行機の中でも河村市長がらみのおもしろいトラブルがあった。我等の絵描きメンバーは明るく活発でみな名古屋弁で陽気に騒いでいた。同じ機内には関西弁の20人位の暗い感じのツアー客がいた。僕が電気を付け妖怪本の本を読んでいるとその中の一人のおっさんが「明るいから消せ」と命令な口調で言った。名古屋弁で騒いでいたのが気に障ったようだ。このグループのおばさん達も我々には挑戦的で、その怒りを我々のグループの女性にぶつけてきた。僕等のグループの男性はみな紳士的であったためか、鉾先は女性に向けられ、我々のメンバーで一番美しいと思われる女性に怒鳴った。「周囲への迷惑も考えず大きな声を出して座席などを占領するあんたたちはどこのグループや?」と、大きな声で怒鳴った。名古屋弁を聞いているから分かっていての罵倒だ。「名古屋の絵描きグループです!」と文句あるの?と言わんばかりに明るく我らの女性が答えた。その態度にますます興奮した大阪のおばさんは、「ふん、なんやー、河村たかしの名古屋か」と軽蔑気味にやり返してきた。我らが女性は負けずに、「そっちこそ、従軍慰安婦発言で嫌われている橋下の大阪かね」とまたやり返していた。選挙時、橋下市長に虚仮にされたお返しを河村市長に代わってやった?ってことか。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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