妖怪屋敷 番外編 尾張国府宮の裸祭りは妖怪追放祭!

妖怪屋敷 番外編
尾張国府宮の裸祭りは妖怪追放祭!

インダス川からヒマラヤ連峰を望んで
 以前チベットへ行った折、チベット山中にアレキサンダーの落武者部落があり、キスをする習慣があると言われ驚いた。さらに新年には妖怪を追い払う祭りもあり、その際人が生贄にされると聞かされた。僕が行った時は、外国人がチベット奥地に入れるようになって1年目だったから、きっと現地人はおもしろい話をすれば外国人が喜ぶと思ってのことだろうと、いい加減に聞いていたが、アレキサンダー話が本当らしいことから、この妖怪退治の話も真実かもと思えてきた。
写真右:インダス川からヒマラヤ連峰を望んで

 このヒマラヤの山中では、新しい年になるとこれまでの災い(悪い妖怪)を追い出そうとする。彼等に言わせると、死刑にしてもいいような極悪犯罪者を引っ張り出し、その男を裸にして体に動物の腐った内臓等を巻き付け、その動物の血を浴びせ、この1年の全ての不幸、病気や悪事を乗り移らせ村から追放すると言う。村人がその罪人に石を投げつけるから途中で死んでしまうものも多いと言う。悪魔(妖怪)払いの儀式なのだ。ちなみにヤクや鶏への獣姦も悪事だと言う。ヤクと恋をする者は悪魔(妖怪)なんだろう。
 これに似た儀式が古代ギリシャにもあるから、チベットに伝わる悪魔払いの儀式もアレキサンダーの落武者たちが広めたのかなと思ってしまう。古代ギリシャでは疫病や不作など災いが起きると、牢獄の中から一番ひどい罪を犯した罪人を選び、市中を歩かせ、そこここにある災いを全て体に吸いつかせて(罵声を浴びせたり殴ったりするのだろう)城外に連れ出し、石で撃ち殺してしまったと言う。これがアレキサンダーの遠征から知れ渡り、チベットにも伝わったのだろうか。

国府宮裸祭り①
 先日新聞で尾張国府宮の裸祭り(正式には「儺追神事(なおいしんじ)」と言う)の記事を読んでいて、ふとこのチベットのことを思い出した。裸祭りは旧正月13日に行われる、奈良時代に端を発する伝統的な祭りだ。神事によって選ばれた儺負人(なおいにん)=(神男)を巡って裸男たちが壮絶に体をぶつけ合う天下の奇祭として有名である。神男に触れると災いをすべて持って行ってくれると言われ、裸集団が神男に突進する。
写真左:国府宮の裸祭り①

 これ、チベットやギリシャの悪魔払いと似てないだろうか。裸にした罪人を街に引き出して歩かせ、蹴飛ばしたり殴ったり、石をぶつけるなりして(国府宮では触るのだが)災いを移して殺す。ひょっとして昔の裸祭りは、ギリシャやチベットに似た行為で、それが現在の儀式的スタイルに変わったのではないかと思い、裸祭りの歴史を調べてみた。
写真右下:国府宮の裸祭り②

国府宮裸祭り②
 この国府宮の話は江戸時代の「本朝語園」に書いてある。それによれば、尾張国中島国府の宮に直会祭として正月13日にこれを行う。まず神官、旗を持って路のあたりに出て、出合った1人を捕えてきて沐浴させる。その後淨衣を着せて神前に連れて行く。そこにはまな板、木で作った包丁、生のなます(魚貝や獣などの生肉を細かく切ったもの)が置いてある。これとは別に人形をつくり、これをまな板に据え、捕えた人もその傍において神前に一晩供える。翌朝に神官が来て、神前からこの供え物を人ともに下す。次に土で餅の形をつくり、彼に背負わせ、首に青銅一貫文をかけて追い払い、倒れて気絶させる。その後、正気に戻り、この男の役目は終わる。神官たちは倒れたところに塚を築いて土餅を納める。この神事、社家に伝えて極秘とす」とある。(金城朝永「異態習俗考」より)

土餅
 これを見ると本来の儀式はよりギリシャやチベットの悪魔払いにちかいということがわかる。さらにあちらでは動物の肉や内臓を男に付けるのと、国府宮ではなますが捕えられてきた男と一緒に神前にささげられるのも不思議な一致だ。土の餅を背負わせられ、首に青銅一貫文をかけて追い払らわれ、倒れて気絶させられた男は、その後死んでしまうこともあったかもしれない。人間の営みは時として共通な儀式を生み出す。
写真上:土餅

大鏡餅
 現在の国府宮では本物の巨大な餅が登場する。土の餅は地面に返すのだが、本物はもったいないので人々に配られる。
写真右:大きな奉納の餅
 この話を一宮に住む友人に話したらびっくりする事実をお返しで聞かされた。なんとギリシァのオリンピア市(オリンピック発祥の地で、アテネから300㌔程にある)と国府宮のある稲沢市とが昭和62年に姉妹提携を結んでいると言うのだ。裸同士であることからの提携らしいが、ひょっとして町に住む妖怪が仕組んだのではなかろうか。妖怪の番外編としてこれは入れなければならないと思い、追加した次第である。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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