『信長の鷹』服部徹著 『葛の裏風』葛城譲著

『信長の鷹』服部徹著(風媒社2000円)
『葛の裏風』葛城譲著(日本文学館800円)
2冊の本を読んで

 僕の知人の2人がそれぞれ3冊目の本を出版した。僕は現代美術作家で小説については門外漢だから、単なる一読者としての感想を述べたいと思う。でもそれだけではちょっとさびしいので、絵描きの僕ができることとして、これらの本を読んで思い浮かんだイメージにあう歴史上の絵画作品を選んでみたいと思う。
 僕も風媒社やワイズ出版を中心に10冊近く本を出しているが、自分の体験、経験したことを書いた本が多く、美術に関することや、教育、名古屋に関すること、僕がした秘境への旅行記や、エッセイなどが多い。自分の体験や考えを書けばいいので、思うがままに筆を進めれば書き上がる。しかし、表題の本は小説であり、ストーリー、プロットなど綿密に練り上げられなければならない。両氏は二人とも正面からぶつかって、しかもしっかりとした構成に仕上げていることに感心する。

信長の鷹
 服部さんは歴史学者以上の緻密な調べをしており、文章にもそれが表われていて重厚さが感じられる。元企業戦士だそうだが小説家になっていれば、その道のヒーローになっていたのではないか。もの凄い精気を感じる。きっと仕事もでき、すごく会社に貢献されたと思う。『信長の鷹』はあたかも作者がその時代に生きて目撃していたように書かれ、どんどん読者を物語世界に引き込んでいく。信長についてはもう何度もいろんな人の作品を読んでいるが、この本はそれらの隙間を全て埋めてくれたような気がする。
写真右:『信長の鷹』表紙
 作者は桶狭間の合戦までの信長の毎日を、どんな日記より詳しく書きしるしている。僕の知っている名古屋周辺のいろんな町やお寺の名前が、次々と物語の中に登場することには面食らうし、嬉しくもある。清洲越しの名古屋人である僕は、ここ尾張については相当知っていると思ったが、服部さんの足許にも及ばない。
 今回の服部さんは、信長が主人公という定番を避け、今川義元に一番槍を浴びせた信長の小兵、小平太を主人公にしている。この男の登場により物語の視点が多様化し、ゆとりが生まれている。肩を張って読む必要がなくなった。ただそうは言っても信長の思考、行動に作者の神経は集中されているようで、小平太が、信長に添えられたおまけになってしまっている。庶民の僕としては庶民の目線で、泥臭くリアルな人間としての小平太を書いてほしかった。
 今僕は水墨画家の雪舟に関する本を書き進めているが、服部さんのように深く詳しくていねいに書くことはできないなあと、今回この本を読んで思っている。まあ僕なりのやり方で歴史の裏側を暴き、僕なりの雪舟像に迫りたいと思っている。

渓谷
 さて、『信長の鷹』を読み終えて、人が何故虫けらのようにどんどん死んでいくのか、人間とは何なのか、死んでいく虫けらのような人間たちは死についてどう思っているのか、そういったことを小平太に語らせたくなってしまった。
 冒頭の約束の芸術作品をあげるなら、ナポレオンの遠征中の一場面を描いたニコラ・トゥサン・シャルレの『渓谷』1843年ではあるまいか。この作品は正確な描写力で明快に描かれている。記録資料的な性格を示しながら詩情も放棄されていない。服部さんの作品と共通するものを感じる。
写真上:『渓谷』ニコラ・トゥサン・シャルレ作

葛の裏風
 葛城護さんの『葛の裏風』は、非常に素直に、いつでもどこにでもある教育の世界を書いている。教育者としての教師の葛藤、生徒から先生への淡い恋心等、僕も懐かしい。僕が結婚するという噂が流れたら学校へ来なくなってしまった女生徒もいた。
写真右:『葛の裏風』表紙
 葛城さんは元高校の校長先生。難しく書こうとか、まだ人のやっていない斬新な手法で書こうとかしているのではない。彼の文章を読んでいると、平凡な人生こそが人間にとって一番の幸せなのだということが実感できる。全体に流れるこのすがすがしさは、背景にある中津川の自然、恵那山の風景などの存在によるものだろう。その中でも何故か僕をとらえて離さないのは苗木城だ。河に沿ってそびえる山の頂には廃墟になり石垣だけが残った城跡がある。きっと葛城さんは、幼い頃からこのどこにもない崩れかけている城跡が好きだったのだ。彼女との初デートもここだったかもしれないなどと想像したくなる。
 中津川に生まれて、ここだけは全国に知らしめたいとの思いも伝わってくる。この山城に僕が登った折、何故か『青い山脈』の歌が口を突いて出てきた。葛城さんが中学生の頃、本当にここで『青い山脈』のロケがあり、司葉子や青山京子がやって来たという。生徒達は昼放課になると昼食もとらず、ロケを見に行ったということだ。こんな青春が甦る内容に『葛の裏風』はなっている。
 僕も教育関連の本を書いているが、僕の場合、現代の教育界が抱える問題点、生徒達の性や暴力、そういったことに彼等が走ってしまう心情、そんな中で教師はどうすべきかなどといったことに焦点を当ててしまう。

マルリーの堰
 この本は教育界も古き良き時代を送っていた頃の話であり、教育に対する作者の人間愛がにじみ出ている。さて、この小説を絵に例えるならアルフレッド・シスレーの『マルリーの堰』1876年ではあるまいか。健やかで何のわだかまりも無い作風が僕等を惹きつける。シスレーはイギリスの裕福な家庭に生まれ、のびのびと育っている。それが作品にも現れている。葛城さんも同じような人生であったと思われる。読み終えてやはり心に残ったのは、何でもない普通の生活や人生が人間にとって幸せなのだということだ。

写真上:『マルリーの堰』アルフレッド・シスレー
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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