妖怪屋敷 第41弾 虎を祀る深山幽谷の寺、泉淨院

妖怪屋敷 第41弾
虎を祀る深山幽谷の寺、泉淨院

 昔は方角や時刻を十二支で表わしていたから、時刻や方角に十二支でおなじみの動物が登場する。十二支は中国の天文学で天球を分割する折に使われたらしいが春秋戦国時代以後、日付から時刻や方位まで人々が覚えやすくするため使うようになったという。夜の二時のことを丑(牛)の刻といい、幽霊が出る「丑三つ時」と言うのでもわかる。
 これ等の動物は神社などでも祀られているが、この場合十二支の動物は神の使いとしての役割も担っていたようだ。神や仏は神通力(妖力)を駆使し、奇跡を起こしたり、人間にはできないことを可能にする。またその使いとして神社で祀られている動物も、神様に近い妖力を発揮することが多く、僕の範疇では妖怪といっていいと思う。
聞くところによると中国や韓国には十二支等の動物を祀る風習はないようだ。これ等の国や東南アジア方面では、これ等の生き物は食ベ物としての栄養源であるため、神や仏の使者として扱えないのだろうか。
 日本では正月にでもなると、その年の干支グッズがよく売れる。それぞれの干支を祀る寺社も多く、毎年正月はその年の干支の神社へお参りに行く人も多いと聞くので、神に仕える十二支の動物を祀る神社を調べてみる気になった。

泉淨院
 「でも先生、干支に入っていながら、何故か虎を祭った寺社はどこにもないのですが。虎は神の使いには適さなく、妖怪でもないのですか」真面目そうな教え子に言われた。
 そういえば虎が祀られている神社はあまり見かけない。しかし、虎を祀る神社、信貴山に聖徳太子がらみであり、この愛知県にも一つだけあるのだ。犬山市倉曾洞にある泉淨院がそれだ。写真右:犬山市倉曾洞の泉淨院
山の上にあって尾張平野を一望でき(夜景がものすごく素敵)、多分春になると尾張地方では一番高いところに咲く桜をここでは見ることができる。

虎像 1
 実際この寺に行ってみたが、山の中の道を進むにつれ、車のナビも消えてしまった。これ以上車で進んだら、引き返せなくなると思い、山道に車を止め、石で階段状になっている道を見つけ登って行った。人が歩いたような跡も無く、人にもまったく出会わなかったが、突然大きな虎の石像に出くわした。階段を登りきったところで左に曲がってさらに登っていくと参道に口を大きくあけたり伏せたりしている虎の石彫刻がさらに2体あった。

 深山幽谷の山中で出会った虎は、中島敦の『山月記』を連想させた。詩人として名を成そうと山に入り虎になってしまった李徴の話だ。漢文調の格調高い文章が読者を壮大な中国の深山にいざなう。もちろん広大な中国の山中と犬山のそれは比ぶべくもないが、行ってから帰るまで人っ子一人にも出会わず静寂に包まれた山道が、神秘的な雰囲気を醸し出し、『山月記』を思い出させたのだと思う。

虎像 2虎像 3

 この虎を祀るお寺、泉淨院は昭和7年に設立されたばかりでお寺としては歴史が浅い。名古屋の資産家と楽田の有力者が 「商」と「戦い」に縁のある毘沙門天を本尊として建てたという。この寺のある山は小牧山合戦の折り秀吉側の陣地であった。その秀吉側の侍大将でとくに知られるのが加藤清正だが、彼は朝鮮で虎を退治した英雄として知られている。このことで虎は日本でよりよく知られるようになったのではないか。   
 それ故昭和になって、ここに狛犬に代わって虎が登場したというわけだ。昭和7年は第2次大戦の少し前。十二支の中で戦勝祈願にふさわしい動物は何かを、この寺を作る資産家は考えたのだろう。龍は対戦国中国の生き物という印象が強いし、猿やイノシシでは戦いにふさわしくない。そういったことから虎が選ばれたのだろう。昭和前期だからこそ、虎を祀る寺が作られたということではあるまいか。水木しげるの妖怪達にも虎は使いにくいと見えて登場していない。この虎妖怪、僕が作ってみたい。

 十二支のその他の動物を祀った名古屋近辺の寺をここで簡単に紹介しよう。これらは僕がこの2年間で干支寺として存在が大きく御利益のありそうなところを調べ上げたものだ。ある意味現代美術作家としての僕の独断と偏見によるが、一度回ってこられるといい。この尾張名古屋の個性がこんなところからも感じられると思う。


・子 (鼠) 真福寺(岡崎市真福寺町)三河で最初に建立された古い寺。聖徳太子が建てたとも言われている。ねずみ年の守り本尊としても知られる。
・丑 (牛) 山田天満宮(名古屋市北区山田町)寝そべる牛がいて妖怪街道の途中にある。学問の神様として、名古屋の3大天満宮の一つに入る。 
・卯 (兎) 兎足神社(豊川市小坂井町)天武天皇の頃から存在し、兎を神社の紋にしているところが、すごくユニークだ。かみしもに兎の紋章、信じられない取り合わせで、これを見るとアートを感じる。
・辰 (龍) 六所神社の中の龍神社(名古屋市東区矢田南)。ドーム球場に近く開幕の前には御祈りに必ず監督とドラゴンズ選手がやって来る。ドラファンの方是非どうぞ。
・巳 (蛇) 洲﨑神社(名古屋市中区栄)名古屋ではよく知られた寺。石創りの大きな蛇が鎮座している。堀川の際にある。1m弱の小さな赤い鳥居があり、ここをくぐると子供ができると言われている。鳥居は女陰の原点らしい。
・午 (馬) 尾張大国霊神社(稲沢市国府宮)ここは梅酒盛神事(馬祭り)も有名。10歳ほどの男の子が装束を着て飾り馬にまたがり、参道を神の名代として駆け抜ける神事。400年程前から続く。
・未 (羊) 羊神社(名古屋市北区辻町)庄内川の南にある。羊年の折りにはものすごくにぎわう。辻町の辻はもとは羊町であったらしい。羊は日本にいなかったから古代の地方豪族「羊太夫」の名からついたと言われる。
・申 (猿) 不乗森神社(安城市里町森)1100年の歴史を持つ。狛犬代わりに猿が本殿入口の左右を守っている。この猿を神社では「マサル」と言って、神の力で「魔が去る」という意味だと述べている。
・酉 (鶏) 泥江縣神社(名古屋市中区錦)旧広江八幡宮といい、オフィスビルの谷間にある。その昔、鶏が宵に鳴いて飼い主の命を救ったという謂れがあり、「宵鳴き鶏」として民話にも残る。 
・戌 (犬) 戌奴神社(名古屋市西区稲生町)妖怪屋敷 第37弾で取り上げている。
・亥 (猪) 猪子石神社(名古屋市名東区香坂)猪子石城が建っていた場所の中にあり、猪の背に似た石がある


 さて先程の山深い泉淨院だが、意中の女性と行くといい。道なき道を歩いていると、ちょっとした恐怖で彼女の心は高鳴りはじめる(心拍数が上がる)。そんな折に彼女を口説いてしまえば、本来は恐怖から来ている心の高鳴りは恋の興奮からだと誤解して、求愛は成功してしまう。これは心理学で証明されている。カナダの怖いつり橋で心理学者が同じような実験をしている。恐怖心が最高潮になった直後に見た男性に好意を感じてしまうというもので、心理学の授業でまず最初に聞かされる話だ。
 僕の知り合いの准教授は芸術行為と称して夜、この寺に助手の若い女性を連れて来て写真撮りを手伝わせ、寺のある山頂から名古屋方面を眺望させながら口説いてしまった。暗闇の恐怖から一転天国のような夜景が広がる。これを利用したわけだ。彼女は2年前まで学生であり彼氏もいたのに20歳も上の准教授と結婚してしまった。今はもう子供も2人いる。このことでもわかるように、ここはどこの寺社より目的によっては、御利益がありそうなお寺だ。「男性にとっては御利益でも、女性にとってはだまされたと後悔の種となるお寺かも?」

鈴虫寺
 ところで十二支の動物ではないが、(先回も少し紹介したが)、京都の嵐山には鈴虫を祀る寺、通称鈴虫寺もある。写真右:鈴虫寺
 この寺は今、若い女性に大人気でにぎわっているらしい。僕の教え子達もたくさん出かけている。日本人の自然を見るおおらかさが分かる。これ等のものに神を感じ霊気妖気を感じるのが日本人の自然観なのだろうなどと、彼女らに語ったら、「山彊先生、違います。自然に浸るため鈴虫寺へ行くのではありません。恋愛成就、恋人ができますようにとお願いに行くんです」。そうか、あのリーンリーンという鳴き声は恋愛応援歌の訳か。鳴かない冬や春はお寺を閉じているのかね。「この寺はなぜか1年中鈴虫の鳴き声の絶えない寺なんです。だから正月も参拝者でいっぱいだとか言われています」。鈴虫が冬でも鳴くの?それ妖怪だよ。だから御利益があるんだ。恋は魔物(妖怪)と言うから。 
 鈴虫の鳴き声は音質が普通ではなく、携帯やスマホでは拾えず、直で聞かないと聞こえないという。そこで彼女達はますます出かけることになる。だがどうして鈴虫が恋愛成就と関係があるのだろう。交尾が終わるとオスを食べてしまう鈴虫のメスに自分もあやかりたいのか?(そうだとすれば男性にとっては怖い寺だ)。それとも見苦しい外観でもきれいな鳴き声を出す、それがブス系の乙女ごころをくすぐるのか。
 「先生、そうじゃありません。源氏物語にもロマンチックな『鈴虫』の巻があるじゃないですか」。おお、源氏物語を出すとはなかなか古典の教養があるではないか。しかし、『鈴虫』の巻は恋愛成就の話ではなく、源氏の若い妻、女三宮が柏木と不倫をし、それを苦に出家する女三宮と源氏が別れる場面の話なんだよね。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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