妖怪屋敷 第36弾 妖怪カレーと金シャチカレー

妖怪屋敷 第36弾
妖怪カレー金シャチカレー

水木しげるロードの店
 鳥取の境港にある有名な水木しげるロードの案内本を見ていて、街中に妖怪にちなんだ食べ物が多数売られていることに驚かされた。
写真右:水木しげるロードにあるお店「ここで買う気になる客がいるのだよね」
妖怪カレーや鬼太郎ラーメン、鬼太郎おむすび、目玉おやじ饅頭や目玉おやじかき氷、ねずみ男大判焼き等いくらでもある。写真下:一反木綿コーヒーと目玉おやじ饅頭
一反木綿コーヒーと目玉おやじ饅頭
 妖怪カレーには鳥取の和牛が入っているという。なんだ、鳥取和牛が入っている点が違うだけで普通のカレーと同じじゃーないかというのが素直な僕の印象だ。どこが妖怪カレーなんだ。これでは客に対するインパクトがいまいち、ただの言葉遊びでおしまいだ。これでは客の2度目の訪問にはつながらない。

 妖怪と名をつける以上、せめてあっと驚くような仕掛けが欲しい。何が入っているか分からない、食べてのお楽しみとか。まあ例えば、猫の肉が入っているとか蛇のぶつ切りなどが入っていてほしい。蛇の代わりにウナギやどじょうでも人は納得する。「山彊先生、猫の肉など手に入らないんじゃないの」。外国から輸入すればいい。三味線の猫の皮も、津軽三味線の犬の皮も輸入している。津軽三味線は激しくばちで叩くので犬の皮なのだそうだ。ついでにその肉も買えばいい。日本で調達するなら、狸か狐ならどうだろうか。こうすれば話題になりこの街を忘れない。「そんなゲテモノカレー売れないのでは?」。まあ食べる主流は普通のものでいい。インパクトのためだ。トライしたい人が注文すればいい。

かぐや姫竹カレ― だけれど僕ならインパクトがあって食べたくなるカレーを考案するね。水木しげるロードからは外れるけれど、例えば「かぐや姫竹カレー」を提案したい。ネーミングがいいし、品があっておいしそう。かぐや姫も言ってみれば妖怪なんだからね。田舎には竹が余るほど生えている。その中のモウソウ竹を器にしてご飯とルーを盛り、それ以外にネギを長めに切って(竹のイメージ)、その上に卵の黄身(満月のイメージ)だけをのせる。これならインパクトはあるし自然の香りもしておいしそう。写真右:かぐや姫竹カレー(僕のイラスト)
若い女の子達はまずこのカレーのとりこになる。竹など安くいくらでも手に入るから、客が欲しかったら竹の器もあげるといい。小物入れや植木鉢になる。
 世の中、ブームになるとすぐ皆が飛びつくが、すたれるのも早い。境港の妖怪ロードも、名前だけ頂けばいいというのではすぐ忘れられるのではないだろうか。

 さて我らが地元名古屋地区は歴史もあり、大きな街だから妖怪がらみの食べ物もたくさんあってもいい。だが一見したところ、それが無い。それはこの地に妖怪話が少ないことにも符号する。この歴史ある名古屋の街は妖怪がたくさんいるはずだが、表に出ない。農耕民族の日本の中でもより農耕民族の特性を持つ名古屋だから、その保守的思考から抜け出せないのがその理由と思われる。人のやった事を真似することに、名古屋人は誇りを持っている。お隣さんが種をまいたら同じようにまき、穫り入れを始めたら自分もやればいいのだ。誰かがブランドバッグを持っていたら、自分も持つ。これが農耕民、名古屋人の特長だ。このことは世襲性の芸能には都合がいいが芸術には適さない。僕に言わせれば妖怪は芸能ではなく芸術部門に入る。何が出て来るかわからん世界だからね。

 ではここ名古屋で表に出ない妖怪がらみの食べ物はあるのか。探せば結構ある。例えば僕の家を訪問する折、友人の元金城学院大学の教授は必ず「鬼饅頭」を手土産に持ってやってくる。彼の父もこうして友人宅を訪ねていたのだろう。この「鬼饅頭」は愛知県地方を中心とした区域だけで見られるものだそうだ。考えてみると、鬼は妖怪族に入るのではないか。つまり名古屋人は妖怪を食べているという認識なしに、鬼を、すなわち妖怪を食べているのだ。
 信長がいた清須(清洲)には「鬼殺し」と言う清酒がある。この酒、僕の若い頃にはなかったと思う。名古屋の住民にとって、妖怪という言葉は食べ物につけるにはよくないが、鬼はいいのだ。妖怪を食べたと言ってもいばれないが、鬼を食べたというと何かヒーローになったように思うのではないか。名古屋人は鬼饅頭を食べ、鬼殺しを飲み、序列保守社会で満足をしているのだろう。

名古屋おもしろ新聞
 さらに名古屋では、鳥取の妖怪カレーに対して、「金シャチカレー」なるものがある。まあこれも言ってみれば妖怪カレーのようなものだが。金の鯱なんて食べられる筈が無い。このカレー、普通のカレーの両脇にエビフライがのっている品だ。名古屋城にのっている金の鯱をイメージしたものだ。でも名古屋人にとってはただのエビフライとカレーを食べているのではない。名古屋人はお城の上でこの街を見下ろしている、金の鯱を食べている気分なのだ。以前名古屋市の小中学校の給食には、年に一回はこのネーミングのスクールランチがでていた。名古屋の子供達はだから、金の鯱とエビフライが同じ次元のものだと思っている。僕の名芸大のゼミ生が以前、市内の白山中学へ「金シャチカレー」の取材に行き、彼等の新聞にそのことを取り上げていた。給食のおばさんが「子供たちの大好物です」と、得意顔で説明してくれたとか。写真右:学生達の作った新聞

 考えてみると名物の「手羽先」も、もぎ取った妖怪鳥の羽根のようで気持ち悪い。先回のブロクで紹介したジャワ島の「虫落」に似た「飛首」の耳から横に生えた羽根をむしって食べているように感じられる。この「飛首」妖怪は世界各国にその話があり、「ろくろ首」は日本での変形バージョンだ。

わらじ妖怪
 大須の名物矢場とんの「わらじとんかつ」も、わらじ妖怪のようなイメージがある。
写真左:水木しげるロードにあるわらじ妖怪
60年程前に初めて食べた時は、その名の通り本当にわらじを食べている感じだった。面積が大きく見えるようにペラペラにのばされた肉に衣をたっぷりつけて揚げたとんかつは、確かにわらじのように大きい。当時は質より量の時代だった。(現在は肉の厚さも味もぐんとよくなっている)
 まあなんだかんだと文句は言っても高校で試験の終わった日にはクラスの仲間とよく食べに行ったものだ。そして帰りには大須でエロ映画を見た。「なんでそうなるの?」妖怪の世界は深くて、エログロナンセンスの世界とも繋がっているのさ。
「もう、高校生の時から単にスケベーだったってことでしょう!」


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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