婆羅門 山田彊一 20代初期(1960年代)の作品より

婆羅門 山田彊一 20代初期(1960年代)の作品

 僕の20代初期(1960年代)の作品を紹介します。これはニューヨークのアートディレクターが、アメリカに売り込みたい日本の現代美術作品を求めて来日した折、日本全国から14人の作家を選んだのですが、僕がその14人中最年少(22歳)で選ばれました。他の14人の中には、脇田和、糸園和三郎氏らがいます。これはニューヨークのオズグッド画廊で1年間の展示になりました。
 1960年頃のニューヨークなんて日本人にとって夢のまた夢で、東京の新聞や雑誌に大きく取り上げられ、一躍新人美術作家のヒーローとなってしまいました。多くの人から声をかけられ、特に女性からあこがれの目で見られ、もてまくったのが僕には懐かしい思い出です。
 だがこのことによって名古屋の美術界との戦いが始まってしまいました。名古屋は名古屋の美術価値観が存在しています。名古屋にいながら東京の価値観で存在をアピールする僕は異端者になったのです。しかし世界を視野に入れた美術を目指したいと考え始めた僕の思いは変わらず、名古屋の美術界の価値観からは離れて行きました。
 世界の美術はこのころアメリカのポップアートが全盛を極め、前衛芸術、カウンターカルチャー、それに続く反戦と結びついた芸術など、アメリカの美術が世界を席巻していました。
 僕の美術の道はこの後幾度も険しい山を越えることを余儀なくさせられます。

ニューヨーク選抜14人展’64<婆羅門> 婆羅門
「ニューヨーク選抜14人展」 '64 <婆羅門> 120×150cm
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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