尼ケ坂(幽霊坂)下に活断層か 地震と妖怪

妖怪屋敷 第35弾
尼ケ坂(幽霊坂)下に活断層か 名大等発表
地震と妖怪がつながった?


中日新聞活断層の記事
 2012年11月6日(火)の中日新聞(夕刊)トップに、名古屋市内を南北に縦断する活断層が2本存在するとの分析結果が載った。1本を尼ケ坂断層、もう1本を堀川断層と名古屋大学等の研究者が命名した。写真右:中日新聞活断層の記事
これで尼ケ坂の妖怪エリアと活断層(地震エリア)が繋がってしまった。
 僕が驚いたのは昔から言われている「地震と妖怪は大いに関係がある、妖怪が地震を起こしている」などということが変なふうに当たってしまったことだ。尼ケ坂は妖怪銀座であるだけでなく活断層の真上に存在してもいたのだ。尼ケ坂付近が当時開発されなかったことは尾張徳川の落ちのび街道である以外に、何者かが何か危険を感じて、そのようにしたのかもしれない。
 また堀川は名古屋城を造るときに掘った川だ。その下がばっちり活断層とすると、何かそこにも川を掘る場所として選ばれる理由があったに違いない。段があって人口の川が造りやすかったのか?活断層の上を川にすることによって、人々が危険な場所の上に住まないようにしたのか?はたまた、家康が抱える学者が妖怪封じのため、その上におもしとしての川を引いたのか?ひょっとすると同じ学者が妖怪ロードも作り、落ちのび街道としての逃げ道を考案したのかもしれない。北東は鬼門だからということで鬼門寺をたくさん建てたのも、落ちのびやすくするための方策だったのかもしれない。

 ところでこの尼ケ坂には久国寺から六地蔵の一体をもらい建てた延命閣地蔵院がある。この場所は江戸時代には処刑場でさらし首が置いてあったり、辻斬りが頻発したり、自殺者も多かったという。だから地蔵院が建てられたのだろうが、このあたりのことも活断層とどこかでつながっているのだろうか。幼い頃、僕の手をひいて子守してくれた女中さんが、このあたりは首が空を飛んでいるから怖いと言っていた。

ジャワの大地震
 実は同じようなことがジャワ島にも言い伝えられている。それも首が空を飛ぶ妖怪現象である。その首の目には瞳が無く、耳を翼のように使って飛びまわり、虫や蟹、ミミズを食べ、夜が明けると離れて飛んできた体に戻るという。飛んでいる間に残されている身体を何かで覆ってしまうと帰るところが無く首は落ちて死んでしまうともいう。この妖怪、現地では虫落(むしおとし)とか落民(らくみん)と呼ばれているらしい。この妖怪の出るジャワ島の中部では2006年5月27日にジャワ中部大地震があって5000人程が亡くなっている。南北を走る活断層がずれたという。写真左:ジャワ地震

 冒頭に述べたように、尼ケ坂もここから鶴舞方面へ南北に走る10km程の活断層があるという。首が空を飛んでいるように見える現象は、この活断層とも関係があるのではないか。地震の起こる前には空に飛行機雲が出来るとか、様々な自然現象が見られると言われる。何らかの自然現象が見方によって、首が飛んでいくように見えたのかもしれない。
 そういえばこの尼が坂から鶴舞に向けての活断層のあるコースの中央、現在の芸創センターのあたりにも、江戸、明治?時代処刑場や墓場があって人々に恐れられたという(僕の明治生まれの親爺言)。妖怪話にはそれが伝わる必然があるのではと思える。

浦戸湾
 名古屋とは離れるが、妖怪と地震が重なる話が高知の浦戸湾にある。浦戸湾では江戸時代から海の上で突然「ジャ―ン」と言う雷のような音が響き、その音がだんだん移動するという。この音が通り過ぎると魚が一斉に騒ぎだし、水面に躍り出てあばれ、釣り人は1匹も獲れなくなってしまうという。土地の人々はこれを妖怪の仕業ととらえ、「孕(はらみ)のジャン」と言って恐れている。孕(はらみ)とは浦戸湾の海峡や岬を含めた海辺の呼び名と言う。
写真右:高知県浦戸湾

安政の大地震
 この話、江戸時代の『土佐今昔物語』にも載っている。さらに昭和になっても、そこで夜釣りをする人は大体この現象に出会っているという。1854年の八丈島付近を震源とした「安政の大地震」の際にもこの音がここで頻発して魚が騒いだという。
写真左:安政の大地震、当時の江戸の惨状を描いた版画より
人々は地球が繰り出す妖怪が地震を起こしたとしてますます恐れたというわけだ。
 そんなことから、土佐では全てがだめになったことを「ジャンとなる」というらしい。名古屋にもそこから伝わったのであろう名古屋弁もどきの言葉がある。名古屋はこれに「お」を付けて使う。「計画がすべておジャンになった」と言うおジャンはここ高知から伝わったものでないかと思われる。僕は今でもこのおジャンを使うことが多い。と思いつつ広辞苑を調べてみたら、ちゃんと「おじゃんになる」が載っており、全国区の言葉なのかと思い至った。ということはこのジャン妖怪の現象は全国に知られた出来ごとになる。ただこのジャン、江戸の大火の折り鳴らす半鐘のジャンジャンの音から来ているという説もある。

 話を戻すと浦戸湾のこの現象、海底の地盤にある断層の地滑りで発しているらしい。これが地震に繋がるのだろう。以前伊豆半島近くの海で、漁をしていた漁師が網を引き上げると中央に大きな穴があいていて、喰い切る鋼鉄のような歯を持った妖怪魚がいるぞと、騒がれたことがあった。しかし後の調査の結果、海底からマグマが吹き出ていて、ナイロン系の漁網だから溶けて無くなったことが分かったという。

 近年科学の進歩により様々な妖怪、怪奇現象が科学的に究明されてきている。科学的解明によって謎が明らかにされると、何だそうだったのかと興ざめすることもよくあるが、しかしながら妖怪話が全くの根拠のないものでなく、逆に妖怪話の意味がより深くわかってくるというのはなかなか興味深いものである。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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