妖怪屋敷 第27弾 尾張地方の女妖怪

妖怪屋敷 第27弾 
尾張地区に跋扈する女妖怪 『おとら狐』『馬魔』


老人ホームで版画指導
 僕は以前、老後に関する本を出版するため、その取材も兼ねてボランティアで春日井の老人ホームへ版画を教えに行ったことがある。そこの荘長さんから「うちの女名主が今、『おとら狐』に取り憑かれたようで不在のため、入居者はガタガタしていますが、よろしくお願いします」と言われた。入居者がガタガタってことは参加者が少人数ってことかなと思ったが、その割に欠席者は3人で、僕の授業が始まると50数人が喜んでニードルを使い、プレス機を廻していた。

 まず荘長の話した女名主とはどういうことかというと、牢屋にはそれを仕切る牢名主がいるように老人ホームにもそこを仕切る親分肌の元気な牢名主のようなおばあさんがいるという。おじさんは名主にならないし、又なれない。男たちは老人ホームに入るまでにもう力尽きている。この様な女親分がいると職員側が何も言わなくても、ホーム内の人間関係のいざこざや嫌なことはこの名主が仕切ってくれて助かるというのだ。内実としてはその女名主が怖くて誰も逆らえず、文句も言えないので表面上は平穏が保たれているということだろうが、施設側としては、表面上波風が立たない方がありがたいわけだ。その女名主が今は重い糖尿病に罹り病院に入っており不在だという。老人ホームの食事は栄養士がいて、糖尿病になることはあり得ないという。
彼女の体調がおかしくなったのはきっと何かが彼女に取り憑いたのに違いない。きっと狐だ。それも長篠城にある稲荷社の『おとら狐』だという結論になった。

おとら狐
 『おとら狐』というのは長篠城の稲荷社に住む狐だが、長篠の合戦の際、せっかく信長や家康を勝たせてやったのに、その後彼等はこの稲荷社を放置して荒れるに任せ、面倒を見なかった。狐は鉄砲の流れ弾を受けて負傷すらしたのに。これに対する怨念が近くに住む‘おとら’という名の娘に乗り移ったらしい。そして『おとら狐』が誕生したようなのだ。
写真左:pixiv投稿作品より 『おとら狐』 写真右下:大通寺(長篠城が国指定史跡となったためおとら狐が住んでいた稲荷社はこの寺に移転されたホームの住人にこの地方の出身者がいたのだろうか。この妖怪はその怨念が信長や家康等リーダー的な人間に摂りつくと言われている。だから老人ホームの女名主に取りついたのだろう。
 昔は誰かの行動や様子がおかしくなると狐に憑かれたと噂されたものだ。狐に憑かれた人はかくれてこっそりとあぶらげを食べるなどと言われたりもした。老人ホームに入る年齢の人なら小さい頃にきっとそういう話を親からでも聞いたことがあるだろう。突然の女名主の体調の変化が狐に憑かれたせいだと考えても不思議はない。 

大通寺
 ところで女名主が何故重い糖尿病になったのか。その後荘長に聞かされた話はこうだ。入居者はこのホームの女名主が怖いから、身内等からケーキやまんじゅうの差し入れがあると、まずこの女名主に持って行く。どうもこれが毎日のようにいろんな人からあったらしい。差し入れの出来ない人は外へ出たついでに、名主へのお土産を買ってきてこっそり渡す。これでは職員の誰も気付かない。それに加えてもったいない(ケチ)根性から、捨てることをしないで全て彼女が食べてしまったのであろう。その結果重い糖尿病になり病院に隔離されている。この様な場合妖怪話も職員にとっては、ある意味で助かる。威張ったり、施設のルールを無視すると『おとら狐』に憑かれるから、規則を守っておとなしくしていていなさいよという教訓話に使える。

頽馬
 またこの尾張や美濃方面には、『馬魔』(ぎば)という小さくてかわいい女の子の妖怪もいる。緋色の着物をはおり、頭には金の飾りをつけ、玉虫色の小馬に載って天空から降りて来て、馬を襲うという。写真右:頽馬または馬魔 三好想山『想山著聞奇集』より
水木しげるの妖怪事典にもこれが載っていて、この『馬魔』は5月から6月の晴れたり曇ったりする、天候の変化が激しい日によく現れるという。この妖怪、老馬や牝馬は襲わず、若くて元気な雄馬を襲うとか。襲われた馬はいななき脚を絡み付け、『馬魔』がほほ笑むと、右に数回まわり死んでしまうと言われる。美濃では美系の強そうな白馬が襲われるとか。これは一説に、馬の皮剥ぎをしていた貧乏な娘がいじめられて自殺し、その怨念が『馬魔』となって、カッコよく金になりそうな馬だけを襲うとも言われる。またまだ皮剥ぎを生業としていた父のために行っていたとも言われる。僕が思うにこの娘は、いじめられて自殺したのではなく、若いハンサムな男に振られその怨念が妖怪となり現れているのではないだろうか。
 これは本州や四国各地に伝わる話では『頽馬(たいま)』と言われ、馬を殺す魔性の風を意味し、馬を飼う地方では恐れられているという。この『頽馬』を擬人化したものが、尾張や美濃地方の『馬魔』ではないかと言われている。
 ところで明治になってこのことを研究した学者が、この妖怪は発生場所や発生時期を考慮すると、自然現象の一つで、馬は空中放電による感電ショックで死んだのではないかと発表した。とするとこの玉虫色の馬に乗る女の子は雷のようなものか。科学的解釈が入ると話はそっけなくなる。江戸時代は妖怪話でも、全てに夢があって楽しかったのではないか。あまり妖怪について探求しないのも、一つの方法かなと僕は反省もしている。
 それにしても尾張や美濃方面に伝わる『馬魔』の様相は現代流行りのSFファンタジーやゲームのキャラクター顔負けだ。緋色の着物に頭には金の飾りをつけ、玉虫色の馬に乗った可愛い女の子が颯爽と馬を襲うなんてまさに今風だ。こんな妖怪が尾張地方に存在したとはなかなか興味深いものがある。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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