妖怪屋敷 第15弾 大須の猫神様

妖怪屋敷第15弾
大須の猫神様

 「前回のブログによれば、山彊先生は大須新天地の巨大な招き猫も、それが設置された猫広場も、矢場の殺された猫が妖怪となって作らせたと考えているのですか」。以前はそれらの伝承話は勝手に作られたもので、迷信や信じるに足りないものととらえていた。だが今は勝手に作られた話でも、その勝手が何かのルールから生み出されたのかもしれないと思い始めている。僕はこれまで、我々の周りで起きることは全て科学で証明できることばかりだと思っていた。たまに摩訶不思議なことが存在してもいずれ誰かによって、真偽が科学的かつ合理的に証明されるだろうと思っていた。証明されないことなら偽物だと考えていた。
 ところが最近、僧侶で芥川賞をとった玄侑宗久の著『中陰の花』を読んで「量子テレポーテーション」(1997年古澤明によって世界で初めて発見された)なるものの存在を知った。これを読んでから、この世界には科学では証明できない宇宙のルールがあり、我々すべてが、繋がっているのではと思い出し始めた。「量子テレポーテーション」を分かりやすく述べれば、例えば同じ場所で生まれた光の粒を東京とニューヨークに置き、そして東京の光だけに変化を与えたらそれと同じような変化がニューヨークの光の粒にも表れたと言うことなのだ。これは実際に起こったことだが、何故起きるのかは今だに科学的には証明されていない。2004年には3か所に置いた光でも同じ現象が起きた。このことを分かりやすく光を人間に置き換えてみると、日本で同じころ生まれた人が東京とニューヨークに分かれても、東京の人がこけて怪我をするとニューヨークの人も同じ怪我をしているということになる。
 光を人間と置き換えることには少々無理があるが、古代インドの仏教の世界では既にこれと同様なことが言われていた。帝釈天宮にあるインダラ網がそうだ。この網の糸は全てが繋がっていて、この「量子テレポーテーション」の考え方と共通するものがある。彼は例を挙げて説いている。コップの水をこぼすと、コップから水は無くなるがその水はテーブルか床にこぼれる。その水はいずれ蒸発して無くなる。だが完全にこの地球から無くなったわけではない。空気中の水蒸気として、また空中の一つの元素として存在している。それがまた固まって水になることだってあると。

美奈須
 この話からいくと、大須の矢場にいた招き猫と大直禰子神社の石の汚れた猫がどこかでつながっていても不思議ではない。大須の2m余の招き猫も繋がっているかもしれない。いや大須にはもっと大きな存在の猫(妖怪)がいてもおかしくはないと、2日間に渡り幾度も妖怪猫を求め街を歩いてみた。「猫カフェ」とか「古本の猫飛横丁」「猫ショップ」等あったが一番妖怪らしく僕にインパクトを与えたのはアメ横の北西角にある喫茶「美奈須」(ビーナス)の木製の招き猫の神様であった。この店は前を数回往復したが1回目は見逃していた。写真上:新天地通リと赤門通リ交差点西南角にある「美奈須」
店は商売をする気がほとんどないようで閉まっているのか開いているのかも分からない。それでも商売が成り立つのは猫のおかげなのだろうか。中には木で作られたねこが寝そべる社があり、来た客はほとんどお参りをしていた。

招き猫神様 78歳になったマスターの話はこうだ。大須ではもう20代の時から喫茶店をやっていた。59歳の折り妻が亡くなり気力も失せ、店を閉めようと思っていた。そんなある日、ふらりと出掛けた骨董市で、そこに置かれた20センチ程の猫の置物と眼があった。何だか購入してほしいと言っているような感じがする目であった。そのため手に入れ店に置いてみた。すると店に来た客に幸運なことが起こり始めた。病が治ったり、リストラされても直ぐ次の職が見つかったり、店から出て直ぐ大金を拾ったり等等。しばらくすると客も増えだし、マスターも俄然やる気になったと言う。客は近隣だけでなく、遠くは北海道や沖縄からも来てもらえるようになったとか。写真上:木製の20センチ程の招き猫神様

美奈須店内
 「きっと大須の猫妖怪は、あなたにこの街を発展させてくれることを望んでいるのですよ」と、僕が話を振ってみた。「そうかもしれませんね。しかし、大須は商人の町で飛びぬけた金持ちがいなくて、リーダーとなってくれる人がいないのです。私だけではどうしょうもありません」と言うことだった。猫像を購入する頃までは大須ういろやアメ横の社長さんとかいたが今は亡くなったり病気で、やってもらえなくなった、と言う。
 「リーダーが亡くなり危機感を覚えた猫妖怪があなたを使って再起を狙っているのではありませんか」
このやりとりを聞いていた店のお客さんたちにも猫の話題を振ってみた。写真上:「美奈須」の内部
テレビに出ていたころの僕の顔を覚えている人もいて話が弾んだ。その中の2人は僕が前回のブログで取り上げた大直禰子神社の拝殿の足もとに置かれた御影石の招き猫のことは初耳だと言い、とても興味を持ったようだった。彼女たちは店の猫へのお参りを直ぐ済ませると、このコーヒーショップから100mもしない位置にある神社へ、飛んで行った。誰も拝んでいなさそうな招き猫だから、最初のお参りをする人に彼女たちはなり、今後すごい御利益があるかも知れない。
 前回のブログでも書いたが大須には妖怪が似合う。その中でも愛嬌のある招き猫のような猫の町にすべきではなかろうか。猫の町と言えば、村上春樹が『1Q84』で書いた不思議な町を思い出す人も多いだろう。確かに猫は不思議な雰囲気を持っているし、女の子に好かれるから、大須を猫の町にしたら今後ますます人々を惹きつけるに違いない。
 
両替商の看板
 「先生の話は東区の妖怪街道から大須にシフトしてますね」。例の教え子の妖怪バスターの二人によれば、名古屋の中で妖怪話の面白さ、凄さは大須が一番だと言ってる。それに実は妻の両親は共に大須の住民だったのだ。父親の方は米軍に焼かれるまで赤門の明王殿のすぐ東の本町筋の角に住み、大須観音近くの富士浅間神社の氏子総代を代々勤めていた。敗戦後は山田一族同様、見る影もなくなってしまったが。写真:我が家の玄関にかけてある両替商の寛永通宝の看板。妻の実家の先祖は江戸時代両替商だった。

 「先生、とすると今の奥さんと出会ったのは妖怪の仕業かもしれませんね。猫妖怪は大須を助けてほしくてインダラ網を張り巡らせているんですよ。」
なるほど。そこで僕の提案。“大須を日本の猫中心地にしよう”猫作品コンクールもすべきだ。先回の矢場の猫話があれば売り込みは充分できる。大須猫中へ行こう!



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妖怪屋敷第15弾大須の猫神様 「前回のブログによれば、山彊先生は大須新天地の巨大な招き猫も、それが設置された猫広場も、矢場の殺された猫が妖怪となって作らせたと考えているの

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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