妖怪屋敷に春が来た

妖怪屋敷に春が来た!
<妖怪屋敷ほっこり番外編>

 愛知県の美術館で催している「自由美術協会展」に来ている。この美術展は大きな公募展で、僕の後輩や先輩などがたくさんが出品している。以前針生一郎さんが、「もう何十年と公募団体展を見ていない。仲間同士でやっている内輪だけの公募展には行かないことにしている」と言っていたので僕もまず公募展は見に行かない主義だが、教え子や仲間が出していると気にせず応援に出かける。そんなこともありかつての僕を知る現代美術関係者からは、山田は現代美術やその評論をしているのに、日和見だとよく言われる。今回の美術展で偶然出会った後輩の絵描きにも「急先鋒を突っ走っていた我々の手本とすべき先輩が、まだ大学やカルチャーで教えているんですか。少ない人生、辞めて絵一筋に何故しないの?」と言われた。
 これは僕の大学時代を知る者からの純粋な痛い質問だ。あの頃は年間、100号大の作品を10点は描いていた。70年以後アートは先鋭化し政治にのめり込んだが、学生運動の消滅とともにその動きも僕を含め消えていった。バブルが始まると今度は学生運動や政治運動から逃げていた教授画家たちが台頭し売るための絵を描いて、豪邸を建て始めた。絵描きで大きな家に住んでいる者はこの折に稼ぎまくった人たちだ。怠慢で美学生たちから吊るしあげられていた先生が、金の力で表面に出だした。その後は美大生も先生につられ金儲けに憧れ、政治に頭を突っ込む者はいなくなった。そして不景気な今の時代、学生も先生もヤル気を無くしている。大学の中から少しは変革しようと僕はしているが、講師の身ではその力は弱い。
縁側の雑草 
 「山彊先生が妖怪屋敷のあばら家に住み続けているのは、バブルの折、売るための絵を描かなかったせいですね。いいじゃない。詐欺行為に加担しなかったのだから」。そうだよね。バブル時に売買された絵画作品は今ではその値段が当時の100分の1程に下がっている。当時は画商が絵描きとグルになって詐欺まがいの行為をしていたと言っても過言ではない。まあ、その行為に加担しなかったおかげで後ろめたさはない。バブルで稼ぎまくった連中はまず懺悔すべきだけれど、今美術館等で大きな個展が可能なのは、この折に儲けて懺悔すらしない金持画家のような気がしないでもない。今の世の中、金がある方が勝ちというわけか。しかし僕は我が信ずる道を行くのみだ。

 さて、その我が妖怪屋敷でこの春、ホットな発見があった。庭に延びた雑草が我が家の縁側の板の隙間から侵入し、室内に花を咲かせたことだ。写真右上:室内の縁側に咲いた雑草の花
いかに自然と共存しているかの証明になるのではないか。「単に古いだけじゃないの。築60年は遥かに過ぎているのだから」と妻は冷酷に言い放つ。時々室内にヤモリが出没するし、蜂の巣も多い。

綿毛のタンポポ
 また裏庭にはタンポポが数十本生えている。これは僕の終戦直後を思い出させるから、ぬくに抜けない。タンポポの葉はよく夕食の総菜になっていたからだ。このタンポポ、花が咲き終わると突然茎をのばし、綿毛になって種を遠くへ飛ばそうとする。写真左:花が咲き終わった後急に伸びたタンポポの茎この努力は僕の心を打つ。
 「そう言えば、山彊先生もお年にもめげず、頑張ってみえますね」。そうかね。頑張っていると言えば庭の垣根の葉にへばりついた、つがいのテントウムシがすごかった。黒地に赤点と赤地に黒点の模様が真逆のテントウムシだ。テントウムシまで模様を超えて交尾している。写真下:色が真逆のテントウムシ。交尾で頑張る。
これはおじさんには刺激的だった。外国人と手をつなぎ歩く若いギャルを連想した。妖怪屋敷も春真っ盛り、妖怪も自分たちの出番を待っている。

つがいのテントウムシ
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まとめtyaiました【妖怪屋敷に春が来た】

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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