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エムバペのTシャツをゲット!

エムバペのTシャツをゲット❣

エムバペ (238x300)
写真右:サッカーのW杯ロシア大会でフランスの優勝に貢献した19歳のキリアン・エムバペ
 今年の5月の初め、名古屋とフランスのランス市の姉妹都市提携の記念式典があり、それを祝う美術展を当地で開催するためランス市を訪れた。そのついでに、パリやモンサンミッシェルにも立ち寄った。モンサンミッシェル向かう途中、バスが田舎のドライブインでトイレ休憩をした。そのドライブインのお土産売り場で僕はTシャツを買った。仲間の女性達がトイレに行っている間、ひまつぶしでお土産売り場をぶらぶらしていたら、Tシャツ売り場に目が行った。特に欲しかったわけではないが、そういえば、日本から着替えで持ってきたシャツが足りないことを思い出し、ここで買っておこうと思ったのだ。

 エッフェル塔や凱旋門等パリの名所の図柄が多いが、これはありきたりだからつまらないなと思っていると、サッカー選手のTシャツが何故か1枚だけ売れずにポツンと残っていた。僕はサッカーに詳しくないのでそのTシャツに書かれている選手の名前もチーム名も全くわからなかった。でもそんなことはどうでもよく、着替えにとその最後の1枚を購入した。値段はしっかり覚えていないが、高くなかったと思う。

写真下:モンサンミシェルへ行く途中立ち寄ったドライブインの中のお土産店
モンサンミシェルへ行く途中のドライブイン
 さて買ったTシャツを仲間に見せると、「山田先生、これはフランスではあまり知られていない控えの選手のTシャツですよ。だから最後まで売れ残っていたのよ」とサッカー通のおばさんにケチを付けられた。彼女は僕が買ったTシャツを見て、直ぐに超サッカーファンである日本の息子に電話を入れ情報を仕入れていた。

 僕にとってはただのTシャツにすぎず、その選手が有名であろうとなかろうと構わないが、ただなぜかこのTシャツは僕に買ってほしいとアピールするように1つだけ残っていたのだ。幼い時から僕のカンは不思議に当たる。ナンパするときも美術展で賞を取った時も、何かわからないがお告げのようなものが来る。一緒にいた仲間の馬場さんはたくさん積まれているフランスのサッカークラブの帽子を買った。

 さてその翌日、僕がこれを着てシャンゼリゼ通りを歩いたら、驚くべきことが起った。レストランのボーイや通りすぎる若者の多くが僕のTシャツを見て、オー、と言った感嘆の声をあげ、Vサインやトレビアン、シュペール!というような声を発していく。僕は例えば名古屋へ来た外国人がドラゴンズのTシャツを着て栄を歩いていたら、それを見た名古屋人は「あ、外国人も名古屋を応援してくれている」と感じて悪い気はしないのと同じぐらいに思っていた。こんな場合日本人はにこりとするくらいだが、こんなにもオーバーに感嘆の声をあげて僕に喜びを伝えてくれるのはヨーロッパ人だからなのだろうと思っていた。でも内心悪い気はしなかったし、このTシャツを購入してよかったなと思った。馬場さんも買ったばかりの帽子をかぶっていたが、これには誰も特に反応は示さなかった。
写真下左:パリ市内で仲間たちと、一番左が前日に買ったTシャツを着た僕 右:買ったばかりの帽子をかぶった馬場さん
Tシャツを着た僕 帽子をかぶった馬場さん

 さて日本へ帰ってからも普段着として着ていたが誰も何も言わなかった。その後サッカーワールドカップが始まった。日本が予想外に勝ち進み、サッカーにあまり関心がない僕もテレビに釘付けになった。しかし日本が対ベルギー戦で惜しくも負けた後は見なくなり、ニュース番組でどの国が勝ったか知るくらいだった。W杯がフランスの優勝で終わって1週間後、偶然あのTシャツをカルチャーセンターの授業に着ていった。

 カルチャーの教室へ入るとすぐに、僕のTシャツを見て驚きの悲鳴を上げたのは、フランスで残り物のろくでもないTシャツを買ったとケチをつけたサッカー通のおばさん生徒だった。
「先生、そのTシャツ、あのエムバペだったんですね。今、ネットで売りに出せば数万で売れますよ。W杯前に日本で来ていたのは先生ぐらいですよ。少しくたびれているのもかえって値段を高めます。エムバペは19歳だけど10代で決勝戦の中、得点を奪ったのはサッカーの神様と言われるペレ(当時17歳)以来です。やはり先生には妖怪が乗り移ってます。すごいですね」と自分がフランスで発した蔑視発言を妖怪話に置き換えて逃げ切っていた。

 その日の夕方、帽子を買った馬場さんも偶然我が家へやってきて「先生、あの時買ったTシャツ、エムバペだったんだよね。僕はあの時パリのサッカーチームの帽子を買ったよね。そのこともありフランスVSクロアチア戦は眠い中、最後まで見ていた。翌日帽子をかぶり喫茶店に行ったら帽子をかぶっているだけで、僕はヒーロー扱いだった。帽子ですらそうだから、先生はもっとすごかったでしよう」と言った。

写真下左:エムバペのTシャツ全面 右:背面
エムバペのTシャツ前面 エムバペのTシャツ背面 

 僕もテレビのニュースを見ていてフランスの19歳の選手がものすごい勢いで走り、ボールをゴ―ルに決めるのを見ていてその群を抜いた凄さに感動はしていた。でもそれが僕のTシャツの選手だったなんて思いもしなかった。僕がTシャツを着てシャンゼリゼを歩いたときのことがよみがえった。でもあの時はW杯前だったから今ほどエムバペ選手が騒がれていなかっただろうけど、フランス人は彼のことをよく知っていたのだろう。それにT シャツをよく見るとパリ・サンジェルマンFCの文字があり、パリっ子にとってはまさに地元のチームだから、みんなぼくのTシャツを見て興奮したわけだ。

 そのことが分かり喜んだ僕は、すぐさまそれを着て藤井達吉美術館の「長谷川利行展」のオープニングに出かけた。中年以上の招待客が大半を占めて数百人はいたけれど誰も僕のTシャツには気付かなかった。やはり日本ではサッカーファンではない限りまだ誰も気付いてくれないようだ。でもこんなうれしい偶然に出会えて感激だ。これから外出するたびにこれを着ていこう!




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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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