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『山彊創作 名古屋妖怪画集』より ㉒

『山彊創作 名古屋妖怪画集』より ㉒

㉒朝日文左衛門のニョロニョロ妖怪
出現場所:主税町料亭太閤付近


 宝永4年10月4日(1707年10月28日)東海道沖から南海道沖を震源域として宝永の大地震が発生した。続いてその49日後、富士山が大噴火をした。人々は何かの祟りでないかと恐れた。数か月後、名古屋城から1㎞程東に住んでいた尾張藩御畳奉行である朝日文左衛門の中庭にニョロ二ョロした薄気味悪い老人の頭髪のようなものが生えてきた。庭の湿気の多いところを中心にはえだした‛毛’は長さが4~5寸で、中には馬の尻尾程長いものもあったとか。文左衛門はこの出来事を日記(鸚鵡籠中記)に書きこんでいる。
 
 この頃は異常気候現象が続いていた。富士山噴火の1か月前頃には気温が高くなり桜の花が秋なのに開花しだしたと言う。高温の地下マグマの影響なのだろうが、当時は富士の噴火も何かの祟りと人々は考えたから、文左衛門も庭に生えた毛を奇妙な妖怪の出現と思っていたかもしれない。

朝日文左衛門屋敷跡看板
 だが僕はある符合に注目する。実は彼の住居は妖怪画集⑰で取り上げた妖怪樹の生えていた辺りなのだ。この樹が文左衛門宅の庭に生えていた可能性もある。だとすると壬申の乱(672年)で殺された大友軍の数万の亡骸が富士山の噴火で1000年の眠りから目覚め、死者の頭髪がまず地面から出てきた、でその後は…想像するだに恐ろしい。
写真右:料亭太閤の店前にある朝日文左衛門屋敷跡の立て看板
 
 ところで皆さんは名古屋でほぼ一番早く咲いて、常に新聞を賑わせている桜並木はどこだかご存じだろうか。桜通の高岳と小川の中間から北に延びかつての文左衛門邸前を過ぎて尼が坂へ抜ける道だ。宝永地震の影響で早く咲いた桜の名残が今も残っているなんて言ったら、こじつけにもほどがあると叱られそうだが、それも妖怪のせいにして楽しんでしまおうと僕は考えている。

 ついでにもう一つ。尼ケ坂、妖怪銀座の中央にあるマンションは名前が〇〇マンショーンと石に掘り込んである。響きが妖怪っぽい。偶然かもしれないがその偶然に導いたのは妖怪に操られた人かもしれない。



㉒朝日文左衛門のニョロニョロ妖怪
 今回の作品「朝日文左衛門のニョロニョロ妖怪」は毛に目をつけてみた。地面には式神になる蛇が蠢いている。

朝日文左衛門のニョロニョロ妖怪
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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