FC2ブログ

『山彊創作 名古屋妖怪画集』より ⑳㉑

『山彊創作 名古屋妖怪画集』より ⑳㉑
⑳「土居下同心妖怪」
出現場所:土居下界隈


名鉄瀬戸線土居下行
 名古屋の市役所から北東200m程のところに土居下町があった(現在はバス停などにその名が残る)。ここは落ち延び街道の出発点で、いざという時、二の丸北西の埋門から小舟で御深井堀を渡り、御土居下へ、そこから御土居下御側組同心の護衛の下、大曽根を経て木曽へと向かう段取りになっていたところだ。ここに世襲制で住む同心を土居下衆と呼んでいた。そんなこともあり以前は、この近くにある名鉄瀬戸線の駅名も土居下だった。
写真右:土居下行きの名鉄電車

 ところが町名も三の丸に、駅名も東大手に変更されてしまった。僕が高校生の頃はまだ土居下という駅名で、毎日の通学の乗り降りの場所だった。何故僕にとって懐かしい名を変更したのか。調べてみると東大手と土居下はすぐ近くにあった別の駅名で東大手の路線は使われなくなってその名も消えていたのだが、瀬戸線栄乗り入れを機に駅の位置が数十m変わったことで東大手になったらしいのだ。でも僕は青春時代が消されたようで残念だ。皇居周辺みたいでカッコいいと考えたのか。名前のせいで土地代も1割上がったと言う。名古屋人の見栄っ張りとケチ根性の結果なのだろうか。

 ここは260年以上にわたり尾張藩主を隠密のように守る土居下衆のエリアだったが、明治になって御役目が不要になり軍人にこの地を追い出された。これには土居下に住み付いた妖怪が怒り狂っているに相違ない。さらに土居下衆の名を冠する土居下駅まで無くされてその憤怒は止むことはないだろう。明治の軍人と駅名を変えた名古屋人に妖怪の恨みは尽きない。

 かつての土居下駅は空堀の中にあり駅を囲む石垣や木々はそれぞれの季節を常に写し、最高の場所だった。好きだった同級生の女の子にでも合うともう天に登った気分だった。今は駅舎も地下になり牢獄のようになっている。先日僕が行きつけの近くの医院の看護婦さんに「妖怪街道の出発点は土居下あたりですよ」などという話をしたら、「そう言えば土居下付近では医療関係でも色々おかしなことが起きているらしいですよ」と話してくれた。現代にもたたりは続いているようだ。

 僕の描く「土居下同心妖怪」は葵の眼帯を付けた土居下同心が陰陽師のように式神を操り、式神天狗に「怒れ、怒れ!」と要求しているところ。同心を支えているのはこれまでに亡くなった祖先同心の亡霊たちだ。子供の亡霊もいる。


⑳「土居下同心妖怪」
土居下同心妖怪



㉑「妖怪 バイアグラカラス」
出現場所:妖怪街道全般


 2017年、韓国ソウルでの妖怪画個展が決まりソウルに滞在していた折、当地で一番嫌われている日本人は誰かを韓国人に聞いてみた。今なら安倍首相かもしれないが、歴史上では朝鮮征伐を敢行した豊臣秀吉で次がその家来で当地で暴れまくった加藤清正であることがわかった。韓国人が歴史教育でこの人物について習っているからだろうか。

 韓国人は犬を食べると言われるが日本でもかつては食べていた。姫路城の昔のごみ捨て場から大量の犬の骨が出てきたという。大昔からアジアには犬を食べる風習があったようだ。だが日本では仏教の影響などでだんだん食べなくなったという。

 この他に日本人が食べなくて韓国人が食べるものを調べてみた。韓国人はカラスを好んで食べるらしい。カラスは精力剤になることもあり1980年初頭まで食べられ、その結果ソウル市からカラスがほとんどいなくなったと言う。今はそうでもないと言うが、それは1980年頃、カラスに変わる精力剤バイアグラが出回るようになりカラスを食べる人が少なくなったからだそうだ。

 秀吉や清正に対する韓国人の怨念がなかなか消えないように、人間に食された犬やカラスの怨念が妖怪となってうごめいていてもおかしくないと考えた僕は韓国版バイアグラカラス妖怪を描くことにした。

 余談だが僕はなぜか韓国人に好かれるようだ。以前ソウルのキューレターが名古屋を訪れ「3か月後にソウルで日本画家10人による代表展」をしたい、と言ってやれる人を探していた。あまりに急すぎて誰もそれに対応できる人はいなかった。誰に聞いたかしれないがついには僕のところにやってきた。1週間で決めて予定どおり当地で代表展ができた。「精力的な韓国人に負けないのは山田先生だけだ」と韓国のキューレターに褒められた。

NHKアニメカラスのプータ
 バイアグラカラス妖怪のせいかも。僕は寅年で名古屋人だから加藤清正が大好き。妖怪画にはカラスに隠れる虎猫を描いてみた。帽子は韓国李氏朝鮮の両班がかぶっていた伝統的な帽子「カツ」だが、帽子の先からは元気な精子が飛び出しており、帽子の形もチンポコになっている。

写真右:カラスの原画は1996年に僕がNHKから依頼を受けて描いたNHKプチプチアニメ「カラスのプータ」よりとった



㉑「妖怪 バイアグラカラス」
妖怪バイアグラカラス
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR