セミナリヨ現代版画展と南島原市原城

セミナリヨ現代版画展と南島原市原城

セミナリヨ現代版画展パンフ
 2月末、長崎県の南島原市で開かれている『第17回南島原市セミナリヨ現代版画展』(写真右パンフ)を見に出かけた。僕がカルチャーセンターで教えている生徒さん4人がこの展覧会で受賞や入選を果たしたからだ。なかなかレベルが高く競争率も3倍程あり美大の版画コースの学生でも入るのは難しいのによく皆さん頑張ったものだと思っている。(先回の高知版画トリエンナーレでもまた別の生徒さん達が同じような成果をあげている)。

 僕は教室の生徒さん達に日本各地や海外の美術コンクールに出品することを常に薦めている。井の中の蛙にならずにどんどんチャレンジしてほしいと思っているからだ。そして生徒さん達が賞をとったり3人以上が入選するとその授賞式に同行することに決めている。スペインやドイツ、台湾、韓国に行ったり福岡や高知、三重に行ったりと忙しい。うちの生徒さん達のやる気は全国一ではないかと思っている。勿論受賞者や入選者の数もダントツでどこの美大と競争しても負けないと思う。

日本初のプレス機
 この長崎の版画コンクールはもう17年も続いている。コンクールを催すきっかけは、1591年この地に我が国最初の版画プレス機がキリスト教布教のパンフを刷るために持ち込まれたことによると言う。このことを記念して催されている版画コンクールなのだ。
写真左:日本初の西洋式活版印刷機
 いろんな市や町が郷土の活性化のためイベントを行っているが、これは成功例の一つだろう。町中が一丸となって応援している。大人のコンクールに合わせ子供たちの版画コンクールも併設し、この地域の各家庭にもこのコンクールは浸透している。

会場風景
写真右:セミナリヨ現代版画展会場風景
 僕たちのように遠方から来る人のためにはホテル代が半分になり、また受賞式後にはバスをチャーターして名所めぐりに無料で招待もしている。最優秀賞は買い上げで賞金がもらえるが、子供部門のコンクールの受賞者もいるためか、賞品はこの地方の数々の名産が詰った大きな段ボールの品だ。飛行機で来ている我々のような参加者には持ち帰るのにしんどいが、受賞した僕の生徒はいろんな特産が少しずつ食べられてうれしいと言っていた。こうすればこの地の商店にもお金が入り、また宣伝にもなりこのコンクールを陰で支えることにもなる。

永幡さんと僕写真左:受賞作品の前で、受賞者の永幡さんと僕










 さて一日目僕たちは飛行機で熊本空港へ着いた後、昼食を近くの「道の駅」に入ってとった。売店内を回り、その場で作られている饅頭や辛子れんこんやはんぺい類など好きなものを買い、それぞれ1個ずつ色々食べて昼食代わりとした。多くの種類の熊本の名産品が食べられて楽しくおいしい昼食となった。コンクールの賞品もこれと同じ方式で案外遠くから着た人にも喜んでもらえるかもしれないと思った。


 2日目の授賞式後、南島原市は付き添いの我々にまで昼食を出して、その後この地の名所めぐりのバスを用意してくれた。僕は天草四郎で知られる原城へ一度行きたかったからこのサービスはうれしかった。

原城風景
 半島の先端に突き出たこの原城(写真右)は悲惨な過去を背負っているのに今はそれを感じさせない美しさだった。1637年に起った天草四郎の乱は、うち続く大飢饉と年貢の厳しい取り立て、またキリシタンへの弾圧にたまりかねて起こした農民一揆だった。天草四郎を総大将にこの城に3万7000人程の老若男女が籠城したと言う。1613年にマルコス宣教師がキリシタン禁止令で追放になった時、彼は「25年後にこの地に救世主になる神の子が現れる」と予言して去った。その25年後、まだ16,7歳のキリシタン天草四郎(本名益田四郎時貞)が長崎留学を終え返ってきた。人々は彼を救世主とだぶらせたわけだ。

 だが幕府軍の猛攻を受けて70日間に及ぶ原城籠城の末、反乱軍は全滅してしまった。
写真下:島原の乱後拷問や死刑などで殺される反乱軍
拷問と死刑

今はのどかで美しい原城の地面の下にその時殺された農民達の骨がまだ埋まっているという。
写真下:平成4年から続く発掘調査で見つかった人骨
発掘調査復元展示 

 200年以上過ぎた明治6年、キリスト教解禁になった折、なんと5000人の隠れキリシタンがこっそりと信仰を守り、子孫が生き延びていたという驚きの事実が明らかになった。この地には弾圧にもめげず困難を耐え抜く強い精神が引き継がれているに違いない。でもひとつ残念だったことは、この島原の乱に宮本武蔵が侍大将の一人として加わり、籠城農民の投げた岩で負傷し長く湯治生活をしていたと聞かされたことだ。彼のイメージが完全に壊れてしまった。

 ところで僕は人に車を運転してもらうことはほとんどないが、この天草に滞在中は生徒さんがレンタカーを運転してくれ、おかげで雲仙岳を見ながら風光明媚な町を巡る楽しさを満喫することができとても感謝している。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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