前衛芸術家、岩田信市論No.2

前衛芸術家、岩田信市論No.2

 名古屋を中心に活躍した前衛芸術家の岩田信市氏が昨年8月上旬に亡くなり、そのすぐ後僕はこのブログに彼のことを書いた。(「中部地方最大の芸術家、岩田信市氏亡くなる」 2017.8.7) 最近ある小誌が岩田信市に関する文を僕に書くように依頼したので書いたところ、内容に問題ありとして没になった。没になった理由は、彼やその周りの人に関する個人情報が書かれていてよくないらしい。
 彼は戦後の名古屋で飛びぬけた芸術家だと僕は思っているし尊敬もしている。いずれたくさんの者が彼の研究をするだろう。岩田信市の近くにいた僕としては彼の全てを書き残さねばならないと考える。偉大な芸術家や作家はその生涯を深く知ることによって、ますます多くの人を引き付けることになる。ピカソの私生活をよりよく知ることは、彼の絵を貶めるどころか観賞をより深いものにしてくれる。僕は彼を日本でも指折りの前衛芸術家だと思うから、彼について皆にいろいろ知ってほしい。鬼籍の彼も喜ぶと思う。


「岩田信市(一)と女性達」

 岩田信市は豪放磊落、日和見的なところがなく、常に自分の思うところを目指す行動の人だった。同時に人付き合いが下手で、お世辞が言えないタイプだったが、人を妬んだり陥れたりするようなところが全くない人柄だった。だがこういったことや彼の芸術行動に関しては他の人も述べているので、岩田信市を大学生の頃から知っていた僕としては、ちょっと下世話な話になるかもしれないが、他の人とは違った視点で見つめてみたい。

 彼を60年代当時から尊敬(恐怖を含んだ)の念で見つめていたのは僕だけではなかろう。それぐらい大柄で威圧感があり、話す内容も革新的だった。旭丘高校美術科の同級生であった荒川修作や岸本清子からも「すごい男だ」と聞いたか、何かで読んだことがある。前衛といっても平面作品にこだわる久野真や水谷勇夫等とは次元が違う。当時アメリカから入ったポップアートをいち早く作品に吸収した岩田の存在は僕の中でますます大きくなった。同級生たちが憧れる日展や他の公募団体の教授連が馬鹿に見えたものだ。僕の大学4年生時(1960年)は池田隼人首相が「国民所得倍増論」を言い出した時代で、経済発展とともに、新しい時代の波がアートにも押し寄せてくるという予感も岩田に対する僕の評価につながった。

 当時、4年前にできたばかりの冷暖房の効いた愛知県美術館にたむろしていた僕が、常に気にしていたのが、女性にもてた岩田信一(当時はこの一の名前で市になったのはロック歌舞伎の立ち上げの時であったように思う)と石黒鏘二であった。岩田はこまっしゃくれた、一見、文学少女的雰囲気の女性に取り巻かれていた。僕の美術科の後輩では美しくスリムで頭のよさそうな高橋や岩下といった女性達だった。女性に取り巻かれる岩田の存在が僕には輝いて見えたのかもしれない。石黒鏘二は反対に上品ぶっている中年女性達に好かれていたようだ。彼と歩くと「あれが石黒鏘二さんよ!」と言って通り過ぎる女性達が何人もいた。この二人は当時表向き仲が良かった。僕を含め問題になる行為も平気でやっていた。岩田は自由人だからそれほど気にしなくていいが、保守的な思考で出世を狙う石黒がその仲間にいることは不思議だった。自分にとってライバルになるものには先ず近づいて利用するが、自分を脅かすような地位や栄誉は与えない。これはすごい石黒の才能だ。

 「山彊さん、そんなことないよ。石黒先生は本当に岩田さんが好きだったのよ」とも言われる方もいるが、石黒はこの地方で権力を得てたくさんの者に賞や賞金を与えたが岩田には一度も、与えていない。「岩田さんはそんな賞に憧れていなかったのでは?」と考える人もいるだろう。僕も同感だったが、岩田が大腸癌になってしばらくして会った折、彼は「山彊、あんた50年ほど前京都のコンクールで大賞をもらっただろう。あの時俺も出していたよ。欲しかったなー」とこっそり僕に打ち明けたことがある。彼には平凡な欲求もあったわけだ。あの強い男が僕には何故か気を使ってくれるのは賞取りで負けたことに原因があったのかもしれない。

 ところで彼の女性関係だが、結婚したのは取り巻き連中の女性ではなく、僕の遠縁に当たるお金持ちの超かわいい女性とであった。僕の叔父がスポーツのアルペン現社長の祖父に当たり、彼女はその遠い親戚に当たる。だが数年して問題が起きた。子どももいたのに、彼女が不倫をしてしまい、別れ話が始まった。不倫相手は僕等美術仲間の近くにいる男だ。よし別れさせようと僕等は動いたが、男の方が手切れ金をよこせと言ったとかでうまくいかなかった。不倫は仕方なかったとしても男からの手切れ金要求はありえないと思っていた。このこともあり僕はその男との縁を切った。だが離婚の話は進んでいった。
 不倫も離婚も人を疑わない岩田には信じられなかったらしい。弁護士を入れ話し合いが始まった。岩田の「僕のどこが悪いのか教えてほしい」との質問に、奥さんは「あなたのやっている芸術はクズだ」と言ったという。芸術家としてこれを言われたらもう終りだ。彼女がそう言ったのは、彼女の周囲がそう言っていたからだ。愛があれば問題はなかったかもしれないが、所詮名声らしきものに憧れ結婚したから周囲でこんなうわさが出たら終わりだ。(僕自身も同じ経験がある。ゴミ裁判で闘っていた頃、周囲の絵描き達が「山田は絵が描けないからごみをアートと言っている」と、言いふらしたことだ。)

 僕がこんな裏話を知っているのは、僕がフレンドリーに誰とでも話すからだ。離婚調停をした弁護士が仲間でもあり、彼にあてずっぽうに「信ちゃん、奥さんにすごいこと言われショックだったらしい」と言ったら、「山彊さん、何故知っているの」。「彼から聞いたよ」。これで僕が岩田からすべて聞かされていると思って、弁護士はみんな話してくれた。
 
 岩田は二度目の奥さんをもらったがこれに凝りてか、美しい不倫をしそうな人は選ばなかった。再婚した奥さんは彼には決して逆らわず、三味線を覚えてロック歌舞伎上演の際は常に演芸場で弾いていた。また岩田は名古屋市美術館での彼の個展が決まった折にはヌードモデルを使い、自分の部屋で半年にわたり裸婦画を描いていたが、普通の奥さんなら頭に来るのにそんなことはこれっぽっちも出さない奥さんだった。
 それにしても岩田がこれまでもヌードを描く画家ならそれを承知で結婚したのだから分からなくもないが、超前衛で常に新しいアートを模索する男が、何故アングルやクールベらといった150年以上前の絵画に戻るのか僕にはその点が理解できなかった。想像するに一度昔の芸術家の気分になってみたいといった単純なことだったのかもしれない。彼がロック歌舞伎をやめた後、彼の描きかけの裸婦画のある部屋でコーヒーを飲みながら僕はそれを聞いてみたいと思ったが、質問するのは止めておいた。ロック歌舞伎をやめた後の岩田は以前のような豪胆さが減り少し変わった。

 と言っても僕はこの戦後の名古屋において一番の芸術家は岩田信市だと思う。昨今、60年代に活躍した大阪の具体美術の作品が世界中で再評価されているという。60年代の名古屋を見た場合、この具体と張り合える芸術家は彼しかいないと思う。具体美術の理念は「人のやらないことをやれ」だった。最後のヌード画は別にして、この条件をクリヤーするのは彼しかいないのではないか。

最後に彼の「美術界で人のやらなかったことをやった」を書いて終わりとしたい。
①名古屋でただ一人のポップアーティスト(評論家の針生一郎氏がポップアートは名古屋を通り過ぎていってしまったと、書いていたけれど僕は岩田信市だけは違うと思う。)
②愛知県美術館にゴミもどきの作品を持ち込んだ。(東京都美術館では幾度もすでに展示されていたが、名古屋では初めて)
③栄の街を這って進むアートパフォーマンスをたくさんの仲間と行った。世界初の行為。
④裸で街中を走るストリーキングを日本で最初にやった。
⑤大阪万博の折は反対運動を美術の世界にまで持ち込んだ。(ヨーロッパでは当たり前だったが)
⑥市長選に打って出た。生きてやることすべてがアートであることを実証した。(東京では有名な画家、秋山祐徳太子が都知事選に出ていた。ヨーロッパではあの世界的な画家ボイスも政治に関わっていった)
⑦歌舞伎を現代と融合させた「ロック歌舞伎」の演出を30年近く行った。常に名古屋の大須演芸場を満席にしていた。ヨーロッパにも出掛け評判を博した。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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