FC2ブログ

『山彊創作 名古屋妖怪画集』より

『山彊創作 名古屋妖怪画集』より

 先々回のブログ(2017.11.24)でも書いたように、『山彊創作 名古屋妖怪画集』に登場する妖怪画をまた2点紹介させていただきたい。今回は『金シャチ妖怪』と『妖怪花ドロボー』を取り上げる。それぞれの妖怪の由来などは拙著『名古屋力 妖怪篇』で詳しく書いたので、重複を避けるためそれぞれの妖怪にまつわる簡単なエピソードや僕の思い出、妖怪画の説明などを少し書かせていただく。

③『金シャチ妖怪』
出現場所:名古屋城とその近郊

 僕は名古屋城北東1kmにある酒問屋で生まれた。両親は常に忙しく、お手伝いさんが僕の世話をしてくれた。彼女に連れられてよく出かけたのは、今は名城公園になっている練兵場だった。ここでは通常は軍事訓練が行われていたが、年に一度はサーカス小屋が建った。母は僕がやんちゃを言うと「練兵場のサーカスに売り飛ばすよ」と言って脅した。
網で覆われた戦前の名古屋城金シャチ
 小さな子供にはそれも怖かったが、僕にはその反対側にある、名古屋自慢の金の鯱ほこも気になった。僕から見ればそれはただ屋根に乗っているうんこ色(尾張藩が財政難のため改鋳を行って金純度を下げ続け、光沢が鈍ってしまった)の魚の人形で、逃げる筈がないのに何故か網を被せられている。この金網は表向きは盗難防止だが鈍った輝きを隠す目的もあったとか。
写真右:金網で覆われた戦前の名古屋城金シャチ

 今思うに、これが名古屋人の原点である見栄とケチ根性を表わしているようだ。高価な金の鯱を雨ざらしにして、名古屋は金持ちだよと見栄を張る。だが盗まれないよう見苦しい網で囲うというケチ根性。この金のシャチは1945年5月14日にB29の440機によるアメリカ軍の空爆で焼け落ちてしまった。B29が飛来した折、僕や家族は、数十分前に家を出て矢田川の堤防まで逃げ、親父の漕ぐリヤカーの上からお城や我が家が延焼するのを見ていた。

 僕の描いた金シャチ妖怪(下図)は名古屋人のケチ根性とスケベ根性を今風の女性の姿で表わしたものだ。名古屋は日本一風俗営業店が多く東京からもわざわざやって来ると言われるほどだ。そこで名古屋芸者の十八番で着物がずり落ちないようにしながら金シャチのポーズをまねるというちょっと男性が喜びそうな芸を取り入れてみた。またケチ根性からお金があっても使わず預金が好きだと言われるので、足には盗まれないために預金や現金の袋を結び付けている。体はそのままで動かず、5個の眼が付いた舌だけで状況を判断しているのは、名古屋人は石橋をたたいても渡らないと言われているのを示している。

『金シャチ妖怪』
金シャチ妖怪

④『妖怪花ドロボー』
出現場所:名古屋地区全般

 名古屋の花ドロボーは全国的に知られている。開店祝いで飾られた花が開店と同時にあっという間になくなって(盗まれて)しまうのだ。この名古屋地区ではなぜこんなことが許されるのだろうか。これもケチ根性と勿体ない根性から来ていると思う。開店祝いに出された花は、開店当日後は捨てられるはず、それはもったいないからいただこうというわけである。それならせめて1日待てばいいが、一人が持って行くと堰を切ったように後に続く。そして開店1分後にはなくなることになる。
 また以前葬式は各家で行われていたので当然その花も犠牲になった。もし訪問先の家に白や黄色の菊が飾ってあれば、「どこかで葬式あったようだ」と名古屋人は勘ぐる。盗られたくなかったら金シャチのように網をかけるべきだと考える名古屋人もいる。

花ドロボー防止の看板
 我が家のすぐ前にはルーテル教会がある。こ教会、春になると歩道に面した花壇に一斉に花を植える。だが2,3日過ぎると花がいくらか無くなっている。信者が植えた花が盗まれることに頭へ来た神父さん(きっと名古屋人ではない)は見張ることにした。彼が目撃したのは品のいいおばさんだった。だが神父さん、その場で注意するのではなく、何と後をつけていって彼女が入ったマンションまで行き、注意した。開店祝いの花を盗るのはドロボーではないという慣習がここまで来てしまったのか。
写真右:花の盗難防止を呼び掛ける看板、さすがに金網で囲まれてはいない

 僕の描いた『妖怪花ドロボー』(写真下)は開店祝いの丸い花輪台の形をしているが、花の代わりに手が何本も生えてその間と真ん中には目がいっぱいある。手は花を盗る人の手、それをたくさんの目が見ていても誰も注意せずドロボーが奨励されているようなところを参考にしている。名古屋の開店祝いで一番華々しく開店祝いの花を飾り、かつ犠牲になったのがパチンコ屋だ。しかもパチンコの発祥の地はこの名古屋。だからこの妖怪は、パチンコ台のイメージも取り入れてある。

『妖怪花ドロボー』
妖怪花ドロボー


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR