名古屋の画家に見てほしい「長沢芦雪展」

名古屋の画家に見てほしい「長沢芦雪展」

芦雪展ポスター
会場・愛知県美術館
期間・2017年10月6日〜11月19日

 先日「長沢芦雪展」を愛知県美術館で見て来た。最初は行かないつもりだった。というのはソウル個展から帰ってすぐに大須でのハロウィンパフォーマンスを計画しており、それの立案計画や準備、さらに一緒にやるメンバーとの打ち合わせなどで忙しかったからだ。加えて高山への風景画の1泊旅行もあったので「芦雪展」は見に行っている暇はないなと考えていた。またそれに加え見てきた人達の感想が芳しくなかったこともある。アートに造詣が深い筈の画家ノロ燐さんにまで「伊藤若冲と比べると物足りないな」と言われると行く気を失くしてしまった。
 特に10月31日のハロウィンのことが、いろいろ気になっていた。僕の知り合いや生徒の30人程の女性画家を集めてのパフォーマンスは失敗が許されない。たくさんいる僕の教え子の行政マン、特に警察関係の教え子たちには「山彊先生、何かしでかす時は僕等に許可を求めないで勝手にやってください。無視をしますから」と言われているので、当然無届けの行動になる。ゲリラ的に、できればフラッシュモブのようにやりたいと思っている。しかしこのご時世、何が起こるか分からない。その場合は僕が全責任をとる覚悟を決めていた。

 そんな中、10月30日の中日新聞の夕刊を見ていて目に留まったのが芦雪の猫を取り上げた写真と文章だった。決まり文句の文や絵ではなく、目をなぜか止めさせるものだった。中日新聞の記事は、ただ表から普通に作品を見るのではなく、絵の中に隠されたおもしろさを自分で見つける楽しさを示唆しているようで、引き込まれる内容だった。
 
 この翌々日には愛知県美術館の学芸員の方が我が家にみえ、11月18日(土)の午後、県美で催される加藤好弘さんの映画『いなばの白うさぎ』(ゼロ次元)に関していろいろ質問や相談をされた。芸術家でゼロ次元に関係のあった人、あるいはよく知っている人はだんだん鬼籍に入っている。
 1960~70年代に美術界、演劇界を中心に起こった前衛運動の名古屋版であるゼロ次元運動は数々の美術雑誌に取り上げられたので、いずれ芦雪のように美術史に残ると思う。半世紀前の驚嘆する映像だから、興味と暇があればぜひ見に行くことをお勧めしたい。その折学芸員の方に「芦雪展」の招待状をいただいた。そんなわけでハロウィンに参加するため横浜から里帰りしていた娘や孫を連れて即、長沢芦雪展に出かけた。

6枚の襖に描かれた虎図
写真上:和歌山無量寺の6枚の襖に描かれた虎図
 さて芦雪展を見た感想だが、なんといっても圧巻はポスターに使われている無量寺の襖絵の巨大な虎図(写真上)だろう。高さ1.8m、幅1.2m程の襖6枚のスペースに一頭の虎がはみださんばかりに描かれている。しかもその表情や動きがよく日本画に見られる狩野派的な典型的な虎の絵とは違っている。眼光鋭く今にも獲物めがけてとびかかろうとしているのに、よく見ているとちょっとかわいくもある。芦雪の作品は江戸時代のものなのに斬新で遊び心全開だ。なぜこんなすごい作品がこの時代にお寺の襖絵として描けたのかという点でも感心する。

 僕も数回、寺院から襖絵や天井画の注文を受けている。すると名古屋人である僕はまず、注文主の住職がどんな絵を描いてほしいと望んでいるかを考えてしまう。次に寺を訪れる檀家の人々はどんな作品を望むかを考える。もうこれで描く作品は斬新さのない普通のものとなってしまう。これは名古屋人特有の思考なのだろうか。そうならば名古屋の画家は見る人の目を意識して閉塞感で動きが無くなっているのではないだろうか。そう考えると名古屋の画家達にはぜひ芦雪展を見てほしいという気になった。

写真下左:僕が名古屋の信楽寺の注文に応じ描いた襖絵(金張り)作品、3重の塔や唐獅子を描く。
写真下右:〃(銀張り)、龍や妖怪を描く。お寺へ納める前に愛知美術館で展示。

信楽寺襖絵(金) 信楽寺襖絵(銀)

 芦雪が和歌山県の寺の襖という空間にかくも雄大で斬新な絵を描けたのは、京都(平安)絵師というブランドがあったことは否めない。彼の描いたものには「平安芦雪写」の署名がある。当時の京都は幕府や藩の権力が及ばず、室町時代から経済力を蓄えた上層町衆の洗練された美意識が共有されていた。そのエスプリに応えたのが応挙であり、その弟子芦雪は師である応挙の画風やデッサン力を完璧に習得し、それに加えて伝統におさまらない気風も持っていた。芦雪を僕が師の応挙並みに評価するのは、彼が師から狩野派がするように技法だけを受け継いだのではなく、師の新しいことをよしとする思考も受け継いだところに偉大さがあったからだ。応挙の静的な写実に対して芦雪は動的な写実の作品も生み出したが、虎図はまさにそれを体現したものといえる。

虎図の裏に描かれた魚を狙う猫
 僕が虎図を見て感動したのは、実は虎図そのものだけではない。勇壮な虎が描かれた襖の裏に、魚のアユを狙う子猫を描いたことだ。
写真右:虎図の裏に描かれた魚を狙う猫(部分)
 この子猫が表に描かれた虎にそっくりで、魚から見た子猫はその表の虎に匹敵するという内容なのだ。これを見た僕は「うわ、やられた」と思った。なんという遊び心であろう。この襖の裏表を見て、その狙いに気付くものが何人いるだろうか。それでもこっそり描き込む。この作品1点だけでも芦雪は偉大だと僕は評価する。

 僕も来年末か再来年に出版する予定の『山彊・古今名古屋妖怪図鑑』にこのような遊びを全作品に入れている。一見すると「何だこれは?」と思うが、よく考えるとなぞが解けるようにしている。たとえは家康の祖父が殺された『守山崩れ馬妖怪』では馬の顔を骸骨にして、おでこには織田の家紋がある。だが下の方を見ると小さなモグラがしきりと馬山(?)を崩しているのだ。
写真下左:僕の妖怪画集に載せる『守山崩れ馬妖怪』全図
写真下右:下部に描かれたモグラ図のアップ

守山崩れ馬妖怪 馬妖怪の下部に描かれたモグラ

 芦雪に遊び心があったのはやはり京都の文化芸術が洗練の域に達し、見る人々の美意識に余裕が生まれたからだろう。このようなことはまず名古屋人にはない。名古屋人は伝統をしっかり守り、そこからはみ出ることを善しとしない保守的で遊べない者たちなのだ。日本でも派手になってきているハロウィンが何故か名古屋では今一つ盛り上がらないのもそれに起因しているかもしれない。そんなこともあり僕らは今年、名古屋でも盛り上げてやろうと画家の視点によるハロウィンをやってみたわけでもある。





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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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