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山田彊一 ソウル個展 第2弾 

山田彊一 ソウル個展 第2弾 
慰安婦像とソウルの街

朝のロッテタワー周辺
 前回のブログで、僕のソウル個展展示用作品がインチョン空港の税関でインボイスがないという理由で足止めを食らっている内容を書いた。その後どうなったのか。
写真右:僕の泊まったホテルに近いロッテタワー周辺の朝7時ごろの風景

 僕の個展は10月10日から始まるので、僕はこの日中部国際空港セントレアから早朝の便に乗り、インチョン空港に到着、そこからリムジンバスに乗りソウルで降車後、すぐにタクシーを飛ばしてギャラリーへ向かった。作品が届いていたらすぐさま展示にかかりたいからだ。インボイスがないという連絡を9月28日に受けた後、僕は2回インボイスを送っている。だから作品は届いている筈だろうと考えていた。

 ところがギャラリーには、作品は届いていなかった。韓国は9月30日から10月9日まで10日間の連休と聞いていたので、10月10日は連休明けの日だから心配はしていた。ギャラリーのオーナーからは「まだ届いていません。連休明けで品物が滞り、何日配達されるかもわかりません。」と告げられた。ということは作品が届くまで、何日に個展をオープンできるかということも分からないのだ。何ということだ!これで僕は今回の個展を万歳した。

 個展の面白さはオープニングにある。僕のこれまでの個展のオープニングには3~400人がやってきて展覧会を祝い、絵が欲しい人はそこで商談をしたりした。ニューヨーク個展では知り合いも少なくて70人程であったが。ここソウルではどうだろうか。ほんの少しいる韓国の知り合いにも日本から手紙を出しておいたが、連休の影響でハガキが届いていないと思われる。もちろん日本から手紙を出した時は韓国の連休など知る由もなかった。

ホテルから見たロッテタワー周辺の夜景ホテルから見たロッテタワー周辺の夜景

 誰を恨めばいいのか。日本の郵便局が予定通り確実にやっていてくれれば連休に入る2日前に作品は届いている筈だ。僕は余裕を持って個展のオープンの2週間前に作品を郵便局から送っている。日本の郵便局の「インボイスが届かないなんて1度もありません。」の言葉を信じるならば、韓国の税関がわざと日本人に嫌がらせをしたのかとも考えてしまう。しかし、一番の原因は郵便局で僕の荷物とインボイスを受け取った配送係がしっかり確認して送らなかったことだろう。

 さらに追い打ちをかけたのは、韓国が今年10日間の連休を決めたことだ。もとは飛び石連休だったのを景気を支えるために変えたようなのだ。韓国人ですら10連休になったことをよく知らず、ましてや郵便物が10日間以上ストップすること等、分かっていなかったようだ。分かっていたらその旨僕にギャラリーから連絡が入った筈だ。

 では連休明けの10月10日、すぐに連休中の郵便物を配送できるかというと、膨大な量の郵便物がたまっているから、それは無理で、僕の個展作品も何日の配送になるか分からないのだ。ギャラリーのオーナーはそれに気付き10日以後、幾度も空港の税関に電話を入れてくれた。税関側は速達用特別料金を払い業者に直接取りに来させる等してくれれば早く取り出すことは可能だと言うから、1秒を急ぐ身としてはその方法を使わざるを得なかった。それでも届いたのは個展2日目の午後6時だった。僕が払った特別費用は日本から送った料金並みになった。

 個展の初日と次の日は完全にパーになった。何時作品が届くかもわからないので、交通事故に遭ったと思って個展の成功をあきらめたら気が楽になり、ソウルの日本大使館前にある『従軍慰安婦像』を見に行ったり、ソウルの現代美術館へ行ったり時間を有効に使った。慰安婦像の前にはテントが張られ、マイクを持った数人が多分日本がいかに残虐かを叫んでいた。その周りにはパトカー等が数台停まり多くの警察官が警戒をしていた。像の前に行って写真を撮りたかったけれどトラブルになりそうなので止めておいた。

日本大使館前の慰安婦像 たくさんの警察官
写真左:日本大使館前の慰安婦像 正面からは取れなかった
写真右:警戒に当たる警官たち


 従軍慰安婦像について僕の出会った数人の韓国人に尋ねたが、ほとんどの人が聞いたことはあるがよく知らないという程度だった。一般のソウル人にとってはそんな些細なことどうでもいいという感じだった。北朝鮮のミサイルの件についても同じような認識だった。大陸と繋がり常に緊張した状態にいると、直接の恐怖でもない限り心配していたらきりがないのだろう。日本人は大げさに騒ぎすぎだとも言われた

ソウル現代美術館
 ソウル現代美術館の方は大きくモダンですごい建物だった。(写真右)名古屋の美術館なんて問題にならないくらいの規模だ。しかもシニアの僕は無料で、館内の撮影は欧米並みにオールOK。田舎名古屋と比べ物にならない。ただ豪華な箱物に対し企画作品は貧弱だった。作品の質が悪いのではない。作品の展示量が少ないのだ。きっと市は企画にはお金をかけないのだろう。この点は名古屋に似ているかもしれない。
写真下:機関銃とその影を投影した作品機関銃とその影を投影した作品

 個展をあきらめたこともあり、朝7時にはホテルを出て歩きまくった。韓国語が分からなくてもほとんど不便は感じなかった。声をかければ誰でも立ち止まり行く方向を教えてくれる。それに平均して尋ねた3人の内1人はそこそこの日本語を話せるのだ。

地下街にあるトレビの泉
 ロッテタワー下のでかい地下街を歩くと、めちゃ楽しい。地下街の中央にローマのトレビの泉そっくりの泉(写真右)があってびっくりした。日本ならこんな模倣施設は恥ずかしくて作らないが、韓国では平気のようだ。その泉の中央あたりにはキューピットの像とその足元に口を開けた30センチ程の壺が水中に沈んでいる。それをめがけてカップルたちが小銭を投げ込んでいる。ローマのトレビの泉にはない面白さをこっそり取り入れている。
写真下:カップルたちがお金を投げ入れる壺
キューピットと壺

 又泉の横には1個100円程の立ち食いのおでん屋や寿司屋があったりする。
写真下左:地下街のおでん屋  写真右:はんぺいを蛇のように伸ばしたおでん。1本80円程
地下街のおでん屋 おでんを食べる僕

 そしてその前をニューヨークのマンハッタンで見かけたようなコーヒー片手に職場に急ぐ若者も通り過ぎていく。いろんな要素が混じり合う雰囲気が楽しい。夜の11時ごろまで一人で僕はふらついていたが危険な雰囲気は感じられなかった。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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