ART FAIR TOKYO 2012 アートの現代事情

<ART FAIR TOKYO 2012>をどう見るか 
アートの現代事情

城戸真亜子
 <ART FAIR TOKYO 2012>が「日本最大のアート見本市」というキャッチフレーズで3月29日~4月1日の期間、東京国際フォーラム展示ホールで開かれ、見に出かけた。ここにはDアートビエンナーレで世話になった小山登美夫ギャラリーや僕の東京での個展会場だった椿近代画廊、教え子のBambinart Gallery, 名古屋からは教え子たちがお世話になっているAPAギャラリーや名古屋画廊、岐阜からはやる気満々の田口美術が参加していた。写真上:タレントで画家の城戸真亜子のコーナー(本人がいた)
 会場を見て回っての第一印象は、若い人が多く雰囲気が明るいことで、これはとてもいいことだと感じた。これまでの美術展は平均的に見ると中年以上の見学者が多く会場の雰囲気も、静かで落ち着いている。別の見方をすれば暗い。暗いのは見る側の気分を重くする。ちょうど前日に愛知県美術館で公募団体の独立展を見たが、150号中心の大作が並び、荘重重厚で技法も磨けるだけ磨かれていて見ごたえがあった。出品者はかなりの時間をかけて作ったと思われる力作ぞろいである。けれど一人たりとも若い見学者の姿を目にすることはできなかった。
 「けれど山彊先生、一月に催された日展などものすごい見学者でしたよ。まだ日展は元気があるのではありませんか?」とんでもない。あれは名古屋だけのこと、2年前僕は福岡県立美術館で開催されていた日展に入ったけど、見学者はほとんどいなかった。あれは中日新聞の効果だ。新聞で大々的に宣伝されるとすごい美術展だと勘違いしてしまうものだ。
 日本にこのレベルの団体は春陽展、国画展、日展、二科展等10個程あり、その下位団体を入れると100近くになるのではないか。それ以外、僕みたいに公募団体を脱退し自由に創作活動をやっている者も相当いる。これらを合わせると世の中の絵画需要の数十倍は作家がいて、年功序列制を重視する公募団体では若い作家の出番はない。それだからか若い人はほとんどこれらの会に入らないし、見に来ることもない。作品を扱う画商もいくら安い値段で作品を提供する作家がいようとも絵画作品の超デフレ状態の作今商売にならない。
 また印象派以後の創造性を重視した新しい発想のアートが全てやりつくされたように感じられる昨今は、もうアートが断末魔の様相を呈している。このアートの飽和状態の現状で(だからと言って画商も美術館も美大も直ぐには無くせないし無くなることもない)一体これからのアートはどこへ向かうのだろうか。

 そんな中で生まれてきたひとつの現象がこのアートフェアだと思う。ここへの出品者は若い子が中心だから技術的に粗野で、我々の時代の基準ではまず評価されない。こんな中、美術界(画商も美術大学も)は大きく変化した。これまでのおじさんアートを棚上げして、技術は未熟でも若い人たちが参加できるアート界にしようと美術関係者たちが画策しだしたのだ。(超老舗の日動画廊も一応写実的な人物画を出しているが、半分は少女漫画に出てきそうな作品だった)写真下:日動画廊が新旧の作家を紹介している
日動画廊新日動画廊旧
 要はうまくなくてもこれから作品を買ってくれる若い子に受ければ、これまでの美術の常識から外れても構わないという動きになって来ている。
 そのきっかけは中国にあったかもしれない。開発発展が進みお金持ちが登場してきた中国では富裕層が絵画作品を買い求めるようになり、欧米の絵画だけでなく自国の作家による作品にも目を向けるようになる。彼等の愛国心をくすぐるためには中国のアートが必要になる。そこで技術には未熟でも中国人による中国らしい作風の作品であれば善しとする傾向が出てきた。自分の国の作家は応援したくなるのが人情だ。そしてその結果、現在世界で高額に売れる美術作品の半分は中国人画家のものなのだ。
 だがこれからのアート界は、企業が中国から他のアジアの国に移ってきているように、美術もインドやインドネシアの動きが見逃せなくなってきている。こうなるともう内容云々とか技法がどうとか言って画家を育てる評論家はいらなくなってくる。絵画の世界も経済が優先する。
 一昨年、針生一郎や中原佑介といった大美術評論家が亡くなり、次には誰も登場してこない。日本の戦後のアートを引っ張った評論家の時代は完全に終わったと言えるのではないだろうか。その証が今回の「アートフェア」の賑やかさだろう。これまでどんな展覧会でも必ず載せていた美術評論家のコメントがこの「アートフェア」にはなかった。
ギャラリーAPAブース
 このアートフェアの各ブースについて僕の印象に残ったのは、1つのギャラリーが一人の作家に絞った展示にしたところと、お土産屋のように安く小作品を提供したところがあったということだ。いずれにせよこれからは創造のアートにこだわらない、若い子に喜ばれそうな作品がアートの中心を占めるようになるのではないか。芸術作品は売れなければ価値はないと断言されているようだ。ただこの軽くて少女漫画的な、技術的に稚拙な、あるいは内側に籠っていく自閉的なアートがいつまで続くかは、疑問の残るところだ。芸術が終わったと言われる今、この方法でしか美術が生き残れないのであれば少々残念な気がする。

写真上:ギャラリーAPAのブース

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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