国立国際美術館でブリューゲルの『バベルの塔』を見る

国立国際美術館でブリューゲルの『バベルの塔』を見る

バベルの塔展パンフ

 ブリューゲル作『バベルの塔』を見に、大阪の国立国際美術館へ行ってきた。内覧会への招待参加だったため、一般の公開のように込んでおらず、『バベルの塔』の絵の前で5分ほど落ち着いてじっくりと観ることができた。あの壮大なバベルの塔を描いたこの絵は、一般の予想に反してかなり小さくサイズは59.9×74.6cmしかない。こんな小さな画面の中に壮大なスケールの構図と細部の緻密な描写を見事に融合して描いている。地平線まで見渡す風景をバックに聳え立つ巨塔、その中に建築現場や港、そこに寄港する帆船、働く人々など米粒より小さな人々が1400人も描かれているのだ。もちろん数えたわけではなく解説で知った。      

 1か月ほど前にもNHKの日曜美術館で『バベルの塔』の特集があり、それも見た。テレビでは細かい部分をクローズアップしてくれていた。凄いのはクローズアップしても全く鑑賞に耐えうる筆致だったことだ。想像を絶するほど緻密に描かれたディテールの正確な描写は驚き以外の何物でもない。実物を見てもそれは実感でき、全体の構図の素晴らしさも実感できた。やはり実物は一見の価値がある。

 実はブリューゲル(1526?~1569)は僕の大好きな作家の一人で大学の2年の折には、もう彼の作風を真似て描いていた。と言ってもその時に僕が惹かれたのは『バベルの塔』作品ではなく、彼の中期の作品で化け物か怪物かといったような実在しない異形の生物が描かれた作品である。

写真下:ブリューゲル作「冥府に下るキリスト」より部分
ブリューゲル作冥府に下るキリストより部分 ブリューゲル作冥府に下るキリストより部分 (2)


 僕が今やっている妖怪画のルーツはここにあったともいえる。顔と腕だけの人間だったり、自分の背中に自分で剣を通したりと僕の50年以上前の餓鬼草紙シリーズに似ている。このような絵は人間の思考の原点だから、時代を越えて存在し続けると僕は考えている。そしてそれは「人間とは?」「生きるとは?」という人間の本質に対する問いにつながる。

写真下左:ブリューゲル作『大食」より部分  
右:ブリューゲルの絵からヒントをもらった僕の金シャチ妖怪

ブリューゲル作大食より部分 金シャチ妖怪

 今回の目玉作品『バベルの塔』は僕が惹かれた妖怪画とは画風が違っている。僕はこの絵を見て、ブリューゲルは自分の絵画人生の集大成としてこの絵を描いたのではないか、言い換えるなら画家として人生に挑戦し続けるのをやめたのではないか、さらに言えば死の準備に入ったのではないかと思った。
 多くの画家は創ることに疲れ人生の終着を意識すると、終活として数百万円もする自作全画集を作ることが多い。だが僕の周辺では画集を作った後、彼らは数年でほとんどが亡くなっているような気がする。自作画集を作り出版してしまえば、もうこれ以上作品を新しく描いても画集に入れることはできず、結局何もせず死を待つだけとなるのだろう。
 『バベルの塔』は画集ではないけれど聖書の逸話をテーマとして、ものすごい入れ込みようで描いているから、僕には人生の最後を飾る全集のように感じられたわけだ。実はブリューゲルは今回展示されたものの5年ほど前に、もう1つ同じタイトルで『バベルの塔』を描いている。こちらは今回の作品の4倍程の大きさで、画面はより明るい色調だ。塔はまだ完成途中である。もちろん今回展示された作品も塔は未完成だ。あまりに高い塔を造ろうとした人間の奢りが神の怒りにふれ、塔は完成できなかったからだ。それでも5年後に描かれた今回の作品はより完成に近づいている。調べてみるとブリューゲルはこの『バベルの塔』を完成(1568年)した翌年に亡くなっている。僕の感が当たったわけだ。

 「それで山彊先生は未だに全画集を出さないのですね」。そう。まだやりたいことは一杯ある。1、2年後にはこの地方の妖怪画集をまず出すし、ルーブル美術館で展覧会もしたいと思っている。終活なんてやってるひまはない。

画集「わの会の眼」
 僕の作品発表は僕がやらなくても周りが勝手にやってくれるかもしれない。他人がやってくれることは僕の生きる意欲が湧くし、うれしいから元気が出る。というのも実は先日名古屋画廊の中山さんから『わの会の眼』(写真右)という画集が送られてきたからだ。この本は国中の画商やコレクターが自分の手持ちで好きな、売り出したい作品を1,2点選んで持ち寄り1冊の本に載せたものだ。名古屋画廊は僕だけに絞って2点を文章付きで載せてくれている。これはすごくうれしい。その1点が僕の50数年前のブリューゲルに似た妖怪画であったのだ。そんなわけで自分で全集を出す気持ちはまだない。


写真下:『わの会の眼』に紹介された僕の作品と解説
紹介された僕の作品1 紹介された僕の作品2

 ところで国立国際美術館の内覧会だが、ここ大阪では5時半から始まり、会場へ入ったらすぐ自由に作品を鑑賞できる。式典は暫くしてから始まる。作品を観ていたい人はそのまま展示会場にいてもいいし、式典に参加してもよい。サンドイッチ等軽食が用意されているので、口が乾いたり小腹がすいていれば式典の方に行けばいい。僕は早めに観賞を終え、式典に参加した。朝日新聞主催でまあまあの食べ物であった。名古屋の場合はなにも出ないし、式典は3時から始まり5時には終わる。職員の勤務時間が優先で大阪のように見学者優先にはならないのだろう。このあたりも文化に対する行政側の姿勢の違いが感じられる。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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