サンクトペテルプルクでの僕等の展覧会

サンクトペテルプルクでの僕等の展覧会

 我々のグループは世界各国で美術展を開催している。最近では一昨年にニューヨークでグループ展、昨年はニューヨークで僕だけの個展をした。現代美術の最先端を行くと言われているニューヨークで美術展をやった後は、さて次はどこでやろうかと考え込んでしまった。考えているうちにロシアのサンクトペテルブルクはどうだろうと思い至った。帝政ロシア時代の首都であの有名なエルミタージュ美術館もある旧都だ。
 ロシアは長いこと社会主義であったため古典的写実アートがその主流であった。だが1980年代のペレストロイカの改革解放以降、現代美術がどのような変革を遂げたか気になったし、ロシアにおける京都のような街がそんな中でどのような変貌を遂げたかを知りたかった。

会場となる部屋での展示準備 
 僕は若い頃から様々な美術コンクールに挑戦してきたが、その中でも京都とは相性がいい気がする。京都と言えば日本文化が凝縮されたような街で、現代美術より伝統的なものが選ばれる気がするが、伝統的なものが当たり前にありすぎるからか、逆に最新の現代美術を取り込もうとする気風に満ち溢れている。長きにわたって培われた文化の洗練度が高いから優れたものがわかる鑑識眼もある。サンクトペテルブルクは芸術面で京都に似ているだろうか。そんな気持ちからここを今回の美術展会場に選んだ。
写真右上:サンクトペテルブルグにあるロシア芸術アカデミー美術館2階の我々の美術展会場で展示準備をするメンバー

僕等の展覧会場入口
 またそこで展示する僕らの作品がその街でどう映るか、古いのか新しいのかも知りたかった。僕らの展示会場は街のど真ん中にあり、対岸にエルミタージュ美術館が望めるロシア芸術アカデミー美術館だ。ここは歴史も古く威厳のある建物で非常に広く、敷地内には芸術大学や博物館もある。この中で展示できることはすごく光栄だった。
写真右:我々の美術展会場の入口

美術教授たちの作品展の部屋
 美術館の2階、エカテリーナの間が我々の展示室だが、隣の部屋にはこの街の美術大学の教授たちの作品が50~60点ほど展示されていた。
写真左:美術教授たちの作品が展示された部屋
それぞれうまくまとまってはいるけれど、1900年前後の画風で、かつてどこかの美術館や画集で見た様な作品ばかりだった。アメリカのポップアートやアクションペインティング風の作品(これすら半世紀前の美術だが)にすら出くわさなかった。無論反米感情が強かった当時にはアメリカの美術なんて受け入れたくなかったこともあろう。60年代頃名古屋大学で教鞭をとっていた美術評論家の針生一郎さんが美術の遅れた名古屋を嘆いていたことを思い出す。   

 さて取材に来たロシア人記者はしきりに我々の作品を褒めてくれた。作品のレベルが非常に高く斬新で独創的だ。どの作品もこれまで目にしたことがなったアイデアで描かれている。短期間しか展示されないのが非常に残念だとのことだった。掲載した新聞を送ってくれればうれしいのだが。
 我々のメンバーは名古屋地区中心に活躍しているが、外国や国内のコンクールで受賞や入選を繰り返している者たちだから世界的な目と力量がある。だから隣の部屋に並ぶ美術教授たちの古典的作品群にも僕らの作品は負けていなかった。

 オープニングは日本総領事や日露友好協会のトップ、そしてこの美術館の副館長も来て賑やかに行われた。
写真下左:あいさつをする日本総領事   右:挨拶をする僕
日本総領事のあいさつ  僕のあいさつ
オープニングのセレモニーでは、昨年のニューヨークのハロウィンと同じ赤い着物を着て大宰府妖怪踊りが披露され、その後名古屋の現代舞踊家のこかチちかこさんや夜久さんが踊って会を盛り上げてくれた。
写真下左:大宰府妖怪踊りを練習するメンバー  右:バックのスクリーン投影効果を生かしたこかチさんのダンス
オープニングでの妖怪踊りの準備 こかチさんのダンス
写真下:セレモニーの後記念撮影をするダンサー兼画家達踊りを披露したメンバー達

街行く人にビラを配るおばさん画家達
 セレモニーの後、赤い着物を着た10人程の女性画家たちはその格好で街に繰り出し、我々の展覧会パンフを人々に渡していた。ここでもニューヨーク同様人々の注目を大いに集めていた。
写真右:通行人に展覧会のパンフを配る女性達

 話は飛ぶが、僕は名古屋を面白くするために名古屋版ハロウィンを考えている。昨年のニューヨークハロウィン参加以降これを名古屋でもやれないかなと考えていたのだ。今回サンクトペテルブルクでも張り切っている彼女たちの姿を見てその思いがよみがえってきた。僕の考えでは、それぞれ変装した人達が大須観音を出発点にして商店街を歩き、栄で解散する。その先頭を10人の画家おばさんを歩かせる。妖怪と大須はうまくマッチするのでその出発点にバッチリだ。これは面白くなる。大須で画家としても活躍する刺繍業の馬場さんは子供会のリーダーをやっていて、大須の人も乗りやすいのではないか。彼はテレビに出たりして最近大須での人気も高い。本当は大須ういろうぐらいが中心となって引っ張ってくれるとより盛り上がると思うが。昔はこのような役を大須ういろう社長の山田昇平さんが率先してやっていた。

エルミタージュ美術館玄関
 展覧会の最中、対岸にあるエルミタージュ美術館も訪問した。写真左と右下:観光客で賑わうエルミタージュ美術館
エカテリーナ2世がドイツから作品を買い集めてこの宮殿にコレクションとして飾ったのが始まりだが、彼女の死後美術館となった。レーニン革命後は各貴族から没収した作品が収蔵されたというから、その作品の種類も豊富で310万点の所蔵作品があると言う。中でもイタリアルネサンスのダビンチやラファエロ、カラヴアッジオ、オランダを代表する画家レンブランドなど各国を代表する超有名作品が所狭しと並び、ロマノフ王朝女帝の強大な財力と美術鑑識眼に驚かされる。

エルミタージュ美術館内の豪華な部屋
 ここはまるで別世界だった。パリのベルサイユ宮殿も豪華ですごいが、ここはもう入り口から度肝を抜かれる豪華絢爛たる建物で、一部の隙間もなく金箔の装飾で埋め尽くされているという感じだ。そこの壁や廊下に美術作品が飾られていても、その迫力に負けて人々の印象に残らない。印象に残るのは特に有名で我々がよく知っている作品を目にした場合だ。

 これは絵画作品の大半を占める肖像画を絵の中だけで見た場合も同じことが言える。高価な衣類、豪華な調度品の中に描かれた人物は、これらの衣類、調度品の中に埋没してしまって本人の印象が薄くなるのだ。展示されているエカテリーナ2世の肖像画がそれをよく物語っていた。体中に付けた宝石類、刺繍や絹のドレスに白い毛皮のコートの彼女を後からどんな顔だったか想像しようとしてもぼんやりとした印象しかなかった。
 7月には名古屋にエルミタージュ美術館展がやって来るが、シンプルな美術館の壁を背景に見るとこれらの作品はどう映るのだろうか。

スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR