「山田彊一ソウル個展」の準備で韓国へ

「山田彊一ソウル個展」の準備で韓国へ

ロッテタワー下の散歩道
 今年の10月にソウルで僕の個展をすることになっており、その打ち合わせのためつい先日韓国を訪れた。名古屋の桜はほとんど終わっていたが、ソウルの桜も散りかかっっていた。個展会場となる画廊のすぐ近くにあるロッテタワーの前の巨大な池の周りは、桜が昨夜の雨で散ってしまっていた。
写真右:桜が散ってしまったロッテタワー周辺の散歩道

 ギャラリーのオーナーが言うところによると、昨日雨が降るまでは大変な花見客で歩くのも大変だったそうだ。「日本の花見習慣が伝わったのですか」と僕は尋ねてみた。「とんでもありません。日本のまねではありません。桜のルーツは韓国ですよ」と言われてしまった。以前は日本に対する反感から、日本を連想させる桜や桜見物を嫌っていたと聞くが、昨今の韓国民は桜が韓国から日本に渡ったことを言い分けとして、堂々と花見に興じる様になったようだ。まあ日本のように桜の下での酒盛りはないようだが。

 先日ある会合で日本文化に詳しい安田文吉さんに会ってそのことを話したら「それは間違いだよ。桜は日本の固有種で、だからこそ長い歴史の中、歌や詩、絵画にも登場しているのだよ。韓国にはその歴史はない筈だ」と言われた。しかし気になって調べてみると植物種としてのサクラの起源はネパールでそれが中国→台湾→日本、あるいは中国→韓国→日本と伝わり、確かに韓国の方が日本より先なのだ。ただ日本のような桜をめでる古来からの風習は日本特有のもののようだ。日本も韓国もたくさんの人が出掛ける桜見物の桜はほとんどがソメイヨシノでこれは日本で交配され作られたものだ。

南山ソウルタワーからの桜 
韓国人にとっても桜は美しいから観賞の対象になるのは全く自然なことだが、戦争で生まれた日本への憎悪が日本人の好む桜観賞をよしとしなかったのだろう。なんでも韓国の各種の自治体や営利団体が観光客を誘致しようとして≪桜韓国起源説≫を言い出したのだという。

 さてその後、ロッテタワーを右手に確認しながら次に地下鉄で、桜並木が残る丘の上にある南山のロープウエイに向かった。ここは丘の上だけあって桜がまだ残っていた。
写真左:南山の頂上から見るソウルタワーと桜

 頂上に着いてまず驚かされたことがあった。公園の柵一面に南京錠が無数にかかっているのだった。合わせて数十万個はあるのではなかろうか。近くに錠を売る店屋もあり1個700円位で販売されていた。まるで桜ならぬ南京錠の満開であった。「山彊先生、それは桜のようにきれいでしたか」。とんでもない。異様な生命体が異常に繁殖したかのようで、気分を害する景観になっている。
モンスターのような錠の塊 写真右:モンスターのような南京錠の塊

 次に僕が思ったのは、いくらの無駄金が南京錠となって吊るされているかということだ。10万個と少なく見積もっても10万×700=7千万円となる。永遠の愛のシンボルとして南京錠を吊るすのは日本(例えば近くでは愛知県の知多半島にある野間の灯台)や外国でもよく見るが、ここほどびっしりと密集しておらず、まあほほえましいなと許容できる範囲だが、ここでは南京錠が巨大なゴミモンスターとなって迫ってくるようだった。

写真下右:南京錠を売る店  
左:愛知県知多半島のある野間の灯台に掛けられた錠

南京錠を売る店 野間の灯台と鍵

 さらに気になったのは、錠はフェンスに掛けるとしても、それについている鍵の処理だ。恋人たちは永遠に別れることがないよう南京錠にしっかり鍵をかけ、その鍵を山の上から投げ捨ててしまうようなのだ。鍵も数百個ならまだいいが数万、数十万となると地面を覆って草木も生えなくなってくる。そのため公園の隅に鍵の回収箱が設置されるようになった。けれどここに捨てるカップルは少ないらしい。
 「韓国人男性は性欲が強いので、女性に気にいられる努力を人一倍する」と言われている。そのために、こんなおまじないのようなことを彼女とするのだろうか。
 だが調べてみると、このような恋の錠かけスポットは世界中にあると言う。先年メキシコにいった折にも教会の中にあったことを思い出した。このようなスポットの人気ベスト5も選ばれているという。以下紹介すると①パリのセーヌ川に架かるポンデザール橋、②ローマのテヴェレ川に架かるミルヴィオ橋、③グアムの恋人岬、④上記したソウルの南山公園、⑤日本の札幌にある藻岩山だとか。こういうデータはひょっとして日本人が調べたかもしれない。日本の男も女に弱くなったし、統計好きだから。ついでにどこがルーツか調べてほしいものだ。

歴史資料館
 さて先ほどの桜の話と関連するが、韓国人の日本に対する憎悪を調べたくなって、西大門近くにあり刑務所が歴史資料館になっている博物館を訪れてみた。
写真右:歴史資料館を訪れた小学生
展示場の壁には日本からの独立運動に加わった韓国の英雄、約5000人の映像が壁紙に刷り込んであった。また日本軍が行ったという拷問部屋も展示してありすごい数の小学生がバスで訪れていた。幼いころから徹底的に反日本教育が行われているわけだ。
写真下左:独立運動家達の写真の壁紙  右:拷問部屋の様子のジオラマ
独立運動家達の写真 拷問部屋
 太平洋戦争が終わった時、僕は小学校1年生であった。その頃の大人のほとんどが朝鮮人を軽視している現場をいつも見ていた僕としては、このようにされてもしょうがないという気もする。たくさんいる小学生が髭を生やしたいかにも日本人と思える僕を見ても、何の敵意も表情にだしていなかったことには安心させられた。

ラスプーチン 10月の2週間に及ぶソウル個展の僕のテーマは「妖怪・イン・ソウル」だ。反日感情が根強い中、ひとつ間違うと大変なことになると今からひやひやしている。この5月中旬には、仲間の皆さんを連れてロシアのサンクトペテルブルクで美術展を開く。僕の作品は「妖怪・イン・ロシア」だ。有名な怪僧ラスプーチン(写真右)を妖怪にした作品創りをしているが、プーチン大統領と名前が似ているから大統領を侮辱したと思われてシベリア送りになったらどうしようなんて思っている。



スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR