ニューヨークのトイレ

ニューヨークのトイレ

 今回、僕のニューヨーク個展期間中にはハロウィンパレードにも参加した。事前に調べた情報によれば、ハロウィンの仮装行列に加わってしまうとトイレに行くチャンスはないので、トイレの近い人はオムツの用意が必要とあった。僕は妻や仲間の女性5人を伴って参加した。見物客は歩道、仮装者は車道、その間は柵で仕切られ多くの警官が立っている。

仮装した人々写真右下:様々な衣装でパレードに参加する人々
 僕たち妖怪仮装者は沿道の観衆に手を振り愛嬌を振りまいて3時間ほど車の通行が遮断されている大通りを進んだ。緑色の鬘に赤い着物と草履姿で、妖怪の人形を掲げながらの行進をするわが妖怪軍団のおばさんたちは元気そのものだ。トイレが近い僕は何時小便がしたくなるかと気が気ではない。勿論オムツもしていない。だが合計して5時間ほど経てもなぜかいつもの自分と変わって全然もよおす気にならなかった。人は緊張すると小便を忘れてしまうのだろうか。

 となるとニューヨークの街中にトイレがほとんどないのはそれだけ人々が緊張して生きているからだろうか?地下鉄駅は無数にあるのにトイレのあるのは中央にあるグランドセントラルステーションぐらいだけだ。街中にトイレがあると犯罪の温床になるとの指摘もあり、それでトイレがあまりないと聞いたこともある。

 そんなこともあり僕のニューヨーク街歩きは図書館や大学を結ぶコースとなる。この場所には必ずトイレがあるからだ。ある時我慢できなくなってマクドナルドの店に入った。驚いたことにここのトイレは満員で並んで順番を待たなければならなかった。用を足してもコーヒーを飲むからまたすぐにしたくなる。ここでふと気付いた。コーヒーが1ドルなのは、これがトイレの借り料と思えば何のことはないと。けれどコーヒーの味は、この雰囲気ではまずく感じられる

トランプタワー 30年も前になるが5番街で小便がしたくなり入ったところが金ぴかのトランプタワーだった。そして驚いたのはトイレも金ぴかだったことだ。目立ちたがりの次期トランプアメリカ大統領がやったことだ。金シャチで分かるように名古屋人は金が好きと言われている。僕にもそのDNAがあって金の匂いに敏感なのだろうか。今回も玄関ホールに入ったが、大統領選の最中で警官がうようよいてそれ以上奥へ行こうとすると面倒なことになりそうだったので止めた。警察に金のトイレに行かせてくださいと言ったらどういい返すだろうか。
写真上:トランプタワーの前 車道と歩道の間に柵が置かれ警官が立っているのが見える。写真を撮影したのは10月26日、大統領の座を巡ってまだ両候補が争っている最中だったのでクリントン氏を批難するような等身大の写真が置かれていた。 

さて、ニューヨークのトイレ話のついでで僕のトイレ体験談を2、3披露したい。

モスクワ川 まずは1月に極寒のロシア、モスクワへ行った時のことだ。吐く息も凍るほどで、日本では経験したことのない寒さだった。日中でも零下5〜10度、夜は零下20度以下になった。クレムリンのすぐ裏を流れるモスクワ川はずっと凍りっぱなしだ。
写真右:表面が凍ったモスクワ川、氷が割れて少しだけ溶けているのはクレムリン宮殿からの温かい排水のためだ。

クレムリン宮殿 トイレが近い僕はクレムリン宮殿周辺を探したがトイレはなかった。地上をあきらめて地下を探すとクレムリン前のモールの地下2階、回転寿司店のある奥に有料のトイレがあった。使用料は200円ぐらいしたかな。小便の近い僕は、ここから放射状に街を歩き、小便がたまるとここに戻ってきていた。放射状に街歩きをしては戻ってくる自分の行動と、回転すしの回転を見ていると輪廻思想を思い出した。 
写真右上:クレムリン宮殿 ここを中心に僕は放射状に行ったり来たりを繰り返した。

 ところで輪廻思想といえばインドを連想する。僕はインドに何度も行ったが、40年ほど前に行った時のことはトイレと関係があるのでよく思い出す。現地の人は列車の線路わきや公園のすみで用を足していたが、驚いたことに男性が小便もかがんでしていた。ここインドは延べ3か月程もいたが、トイレに困ったことが一度もなかった。気温が高くすべて汗となって放出してしまうようだ。それにトイレを使いたくなったとしてもどこでもできるような汚い街だから、安心していて覚えていないのだ。

 ただ1回、ムンバイの東にある有名なエローラ石窟寺院に行った時のことは今でもよく思い出す。世界遺産にもなっている有名な寺院だからここでバスを降りる人も多いはず、ぎゅう詰めの状態でも絶対止まるだろうと思って油断していたら通過されてしまった。普通の観光客は、僕のように現地の人の利用するバスに乗らず、観光バスやタクシーで来るのだろう。片言の英語で大声をあげ、「エローラ、エローラ」と叫んだら降ろしてくれた。エローラのバス停車場所から1キロメートル程も過ぎてしまっていた。
 10キロ余の荷を担ぎ、炎天下を歩くのは大変だ。あまりに口が乾いたから近くにあったきれいなホテルに短パンとTシャツだけで 入った。普通はドアマンに阻止されるがホテルに近づいたら金持ちであることを示すため望遠付きのカメラを出して担ぐ。するとボーイはどんな格好をしていてもにこにこ顔で通してくれる。まあ大きなホテルだから紅茶と一緒に出された水を大丈夫と思って飲んでしまった。

エローラ寺院 30分後エローラの遺跡の前で腹がゴロゴロ鳴って下痢状態となった。観光客は誰もいなくて、近くにある木の下に駆け込んで用を足した。写真右:エローラ石窟寺院の一つ ここの木陰の下がその場所。

 だが何か人の目線を感じてふと上を見たら白い猿のハヌマンラングーンが2匹、木の上から僕をじっと見ていた。エローラの豊満な肉体の彫刻群と違って貧弱なおケツにきっと落胆したであろう。

写真下:エローラの彫刻群の一つ、ガネーシャの前で太鼓腹比べをする僕
ガネーシャと腹比べ

写真下:ハヌマンラングーン、これはタージマハールで撮った写真、ハヌマンラングーンは神の使いと言われインドのいたるところで放し飼いにされている。
 タージマハールのハヌマンラングーン
 こんなことがもし大都会ニューヨークの街中で起こったらどうするだろう。僕はこのインドの体験から常に注意しながら生きている。デレビ出演の前とかデートの前などは下痢をしやすいミルクとか冷たい飲み物は控えるようにしている。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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