おもしろトイレ話

おもしろトイレ話

 今、我が家には娘が二人目の子の出産のために、3歳になったばかりの長女(僕からは孫娘)を連れて里帰りをしている。その長女はちょうどおしめのとれるころでトイレットトレーニングの最中だ。僕がトイレにいたら「おじいちゃん、おしっこ」と言ってドアをノックした。僕は小便も中途半端ですぐに大人用便器の上に子供用便座を乗せ、「ハイどうぞ!」と言ってまだ足が床に届かない孫を正面から支え座らせた。すると突然僕の顔をめがけておしっこが飛んできた。女の子のおしっこは下へ飛ぶものと思っていた僕は仰天した。男の子なら前にとぶこともあるので警戒するが、女の子だから前に飛ぶなんて思いもしなかった。
 僕の幼い頃お袋は男性用便器にお尻をむけて少し前かがみになって用を足していた。(このスタイルはこの名古屋地区の女性しかやらないという説もあるが)。長く人生をやっているが、これが頭にこびりついていたためか、男の子のように前に飛ぶなんて、一番初歩的なことも知らなかったわけだ。後から娘に座り方が上向きだったのよと言われた。

ドゴン村の風景
 次のおもしろトイレ話はアフリカでのお話。65歳頃に一人で行ったアフリカのマリ共和国ではトイレで散々苦労した。マリ共和国の奥地のドゴン村は、長さ数十キロ、高さ100mにも及ぶ絶壁の下に広がる村なので、日中に太陽光線で暖められた岩の反射熱で夜も温度が下がらない。
写真右:ドゴン村風景、後方は上記した絶壁、村は岩と砂で作物もわずかしかできない。
 夜でも30度ぐらいでものすごく暑いところだ。岩場ばかりで食べ物はひえやあわが中心。そんなところだからかつて起きた奴隷狩りの被害にもあまりあっていない。奴隷狩り商人が入ってこられないのだ。

ホテル前に立つ子供達と後方のトイレ
 僕はこの絶壁をふらふらになって降り切り、泥でできた豚小屋のような村の宿に夜の8時にたどり着いた。衣服は汗でぐしょぐしょ。下着を脱いで早く乾かさないと明日着るものがない。泥壁小屋宿の洗濯場兼トイレは畳半畳の泥壁小屋だ。
写真左:泥壁のホテル(左手前の壁の建物)と後方に見える円錐形の屋根のついた洗濯場兼トイレ。僕の日本からのお土産の紙風船を持った子供たちも写真撮影に加わった。
 急いで中に入ったら蚊がうようよいた。日本から持ち込んだ蚊取り線香3本で何とか追い払ったが洗濯はできない。バケツ1杯の水が用意してあったが水を使うと蚊取り線香に水滴がかかり消えてしまうからだ。パンツやシャツ3枚をバケツに浸し、絞ることしかできない。
 僕にとって最悪のことはその後起こった。大便がしたくなったので裸のまま中央にあいた穴をまたいでしゃがんだ。そのとたん尻に砂でもあたるような感触を受けた。手をやると無数の蚊が尻にしがみついていた。穴から噴水の様に蚊が飛び出してくるようだ。真っ暗闇で僕の懐中電灯だけが頼りで、手で払っても払っても次々と蚊がやってくる。大便は中止。旅行中まともな食事をとっていないから辛抱できたが。翌日確かめると穴は5メートルぐらい横を流れる小川と繋がっていてそこから無数の蚊が侵入してくるのだった。

僕の顔を見に来た村の子供達 小川で泳ぐ娘たち 
写真上左:僕の顔を見に来た村の子供たち
写真上右:小川で泳ぐ娘たち(僕がカメラをむけたら娘たちはみな水の中に体をつけてしまった)


 食事はひえしかなく、一応1週間分の費用として1万円を払ってある身として文句を言うと、3日目位後に鶏を一羽持って来てさばき、ひえを炊いたものに煮込んだ汁とモモ肉を載せて食べさせてくれた。喉は常にカラカラだが、水は泥を焼いで作った甕にためてあるものしかなくて最初の夜は一睡もできず死ぬかと思った。2日目からは釜で沸騰させた湯で紅茶を作り、しこたま水筒にいれ水分補給をした。

エチオピアヒヒのいる岩山
 71歳の折にまた一人で出掛けたエチオピアは糞でおもしろい経験をした。ジープをチャーターし、エチオピアヒヒのいる岩山で車から降ろしてもらい、岸壁のほうへ一人向かった。写真右:エチオピアヒヒの住む岩山付近
実はおなかが痛くてとこかで野糞をしようとガイドをジープに残しての行動だったのだ。茂みで用を足していると10mぐらい前方を20匹ぐらいのヒヒ軍団が通り過ぎようとした。彼らはしゃがんでいる僕に気付いて大騒ぎとなった。

僕を威嚇するボスヒヒ 
 子供や雌たちは逃げだしたがひときわ図体の大きいボスだけは逃げず、近くの1m程の高さの岩の上に立ち僕を威嚇した。その格好に僕は仰天した。超勃起したペニスを僕に見せ歯をむいているのだ。「どうだすごいだろう。俺に勝つものがいるか」といった格好だ。写真左:僕に向けてペニスを見せ威嚇するボス(上手く撮れてなくてスイマセン)
 「山田先生も負けずに立ち上がって見せたのでは?」と後からこの話を名古屋で聞いた仲間が冷やかすが、そんなことより驚きとこれはカメラに収めなくてはという思いで気が動転してペニス合戦はできなかった。   
 このボスヒヒの行為、最後にものすごい落ち話があった。なんとこのボスの勃起したペニスに向かって1匹の小柄なメスヒヒがボスのペニスめがけて飛んでいって、自分のお尻に突っ込んだのだ。若いメスヒヒは日頃ベテランの年増のメスにボスを奪われ、今がチャンスだと感じ行為に及んだのだろう。これを見た年増メスヒヒ達8~9匹は怒って彼女に襲いかかった。メスヒヒは必死で逃げ、そのためヒヒの群れ全体が僕から遠ざかることになった。メスヒヒがどうなったかは見届けられなかった。まあ、この光景を見れただけでも僕にとってはちょっと高いなと思った旅行費も納得できる。原住民でもこんなシーンにはあまり出くわさないのではないか。

ケニアのトイレ
 僕のトイレ談義はまだいくらでもある。インドのエローラでは下痢で駆け込んだ木陰で用をたしていたら5メートルぐらいの木の上に灰色をした2匹のハヌマンラングーンが僕の見苦しいスタイルを見ていた。ケニヤではトイレの下に豚が飼われているので下で口を開けている豚めがけて大便をしたこともある。
写真右:ケニヤのトイレ。この下に豚が飼われている。用を足すときはどこからでも見えてしまう。

 今回は下ネタ話で大変失礼をいたしました。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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