熊本地震で我が家の家宝が崩壊?

熊本地震で我が家の家宝が崩壊?

熊本地震 (300x115)
 4月16日熊本で大きな地震がありました。
写真右:被害のあった家屋
 まずは熊本の皆様の恐怖やご苦労、お察し申し上げます。私も大戦中の5歳の折、三河を震源とする大地震に遭い恐怖したことを覚えていますが、今回はそれよりはるかに大きな地震だったので、私の体験の比ではないでしょう。

坂本正文作品 地震に関するニュースで「熊本県益城町」の名を頻繁に目にするようになりました。その町名から30年ほど前に知りあった絵描きの知人を思い出しました。確か彼はこの町に住んでいたはずだと。彼は坂本君といって当時僕と同じように数々の美術コンクールで賞を取りまくり、僕との接点ができたのでした。謙虚で常に僕を立てていてくれました。そのこともありすぐに彼へ連絡を入れました。まだ返事はなく心配ですが、彼の代表作品をこのブログに載せます。
写真左:坂本正文作品
思い切りのいい九州男児の作品です。大地震で彼の作品も壊れた家の下敷きになっていなければいいと思いますが。

壊れた額絵 
 熊本や大分の度重なる地震速報に我が家も心配になり、箪笥の場所替えを始めました。僕も妻も娘も地震の怖さと箪笥の場所替えしか頭にありません。箪笥が倒れにくいようにと転倒防止のストッパーを設置しようとしていたら、箪笥の横にかかっていた我が家の最後の家宝の日本画の額絵が落ち、大きな穴があいてしまいました。もう作品として商品にはならないと思いましたが、先祖の思いがあるので、僕がニューヨーク妖怪作品のため使っている金の絵の具で適当に直し、また元のところへ掛けました。その数日後、妻が箪笥の位置をもう少し移動したいといい、動かしているうちに、またもやその絵に今度は箪笥をぶつけてしまい地震でもないのに完全に崩壊してしまいました。
写真右:破壊された額絵

 先に書いた先祖の思いとは、次のようなことです。この日本画額絵はお袋が結婚した折、金持ちの叔父(スポーツのアルペン(株)の現在の社長の曽祖父)から結婚祝いにいただいたものだそうです。お袋が言うには、江戸から明治時代に日本画家として名をはせていた日比野白圭(1825~1914)という日本画家の作品で、ものすごく高価なものだとのこと。

白圭の落款 筏の船頭 
写真左:白圭の落款 
写真右:作品のポイント部分、筏の船頭

 お袋はこれをとても気にいっていて、疎開する時も頑丈に梱包し大八車で運んだのです。これを止めれば他にどれだけ多くの品物を疎開できたことか。戦後の食糧難でお袋はたくさんの品を売って生活費に変えましたが、この作品を売ることはなく常に玄関に飾り、訪れる客に「私は大家の跡取り娘だ」ということを誇示していたのです。それをなんと名古屋で起きたのではない熊本の地震の影響?で廃棄する羽目になろうとは。

 この絵は80年以上も我が家の玄関や座敷に何のカバーもなく無防備に飾ってあったので、紙が茶色になって劣化し、ほんのちょっと力を加えただけでもすぐ破れるくらいぼろぼろになっていました。「こんな汚い絵、お宝鑑定団にだって見向きもされないわよ、最後の家宝という割りには保存状態がひどすぎるわね」と妻ににべもなく言われてしまいました。全くその通りで「お袋さん、スイマセン」

 お宝鑑定団とは少々話が外れますが、白圭作品を処分しようとしてぼろぼろになった表装の裏をめくったら、びっしりと漢字や数字の書かれた紙が出てきました。どうも商店の帳簿の廃棄紙のようです。昔は使用した紙をこのように美術作品の裏表装にまで再利用していたのだということが分かり感心させられました。と同時に『武士の家計簿』や『殿、利息でござる』などの原作者の磯田道史氏ならスラスラと解読して、別のお宝発見てなことになるかもなんてことも考えました。
帳簿紙の裏打ち 帳簿紙の文字のアップ
写真左:帳簿らしき紙が貼られた内側 右:そのアップ

 まあ、かくの如く高価な作品であっても一般の家にあったのではいずれ消滅します。絵描き達の中でいわれているのは「絵描きの最後の望みは作品を家に残しておくのでも他人に売るのでもなく頑丈な造りで保存に気を配ってくれる美術館に入れてもらうこと」なのです。

 ところで先日、仲間と大阪の国立国際美術館へ『森村泰昌展』を見に出掛けました。国立の美術館であるためかすごく大きくて頑丈な建物で、ここだったら大きな地震が来てもまず大丈夫かなと思いました。と言うのはここに僕の餓鬼草子シリーズの作品や和歌山版画ビエンナーレ大賞受賞作などの作品がコレクションされているからです。
 それはさておき、『森村泰昌展』は古今東西の有名作品の中に作者が登場する例の作品が中心でなかなか面白く、美術館側の作品に対する愛情が感じられる展示がしてあり、楽しく見ることができます。次回の僕のブログでは、現代美術のヒーローである『森村泰昌展』を取り上げたいと思っています。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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