山田彊一のニューヨーク個展 作品紹介その2

山田彊一のニューヨーク個展
 作品紹介その2

 今年のハロウィンの時期に僕はニューヨークで個展をするということを4回ほど前のブログ(2016.1.23)でも書いた。展示する作品は拙著『妖怪インニューヨーク』の本の中で紹介した僕のオリジナル妖怪画が中心となるが、原画はA3サイズなので、もっと大きくよりリアルにしたいと思い60号サイズ(140×100㎝)に描き直している最中だ。上記のブログでは女の妖怪を描いた3点の作品を紹介した。これから描き進んでいくにあたって3点くらいずつ紹介させていただきたいと思ってる。それぞれの妖怪の由来や関連話については、僕の過去のブログかまたはそれらをまとめて本にした『妖怪インニューヨーク』を見ると個々の妖怪について詳しく書かれているので興味のある方はそれを見ていただけたら嬉しい。

 ところで先回のブログで津賀田中学へ講演に行ったことを書いたが、その時1年生の生徒から「妖怪は本当にいますか」と質問された。僕は「はい、いますよ。けれど見つけられる人と見つけられない人がいます。国が不安定で戦争ばかりだと生き延びるのに必死で他のことが考えられない。でも平和な状態が続くと、心に余裕ができ逆にちょっとした怖いものを求めたくなる。そんな時に妖怪に興味を持つ、そうすると妖怪に出会いやすいんです」と答えておいた。江戸時代の文化文政の時代はまさにそんな時代で、生活に余裕のある人々が集まって百夜話など妖怪話に興じていた。そして多くの妖怪本や浮世絵が書(描)かれた。その結果数多くの新しい妖怪が生まれた。妖怪はまさに平和な時代の文化が生み出すものなのだ。

 18~19世紀のニューヨークはヨーロッパから流入する移民でごった返す街でのんびり暮らすお金持ちなど少なかった。だから妖怪の生まれるチャンスがなかった。その後アメリカは目覚ましい発展を遂げ世界一の国となった。ニューヨークにも妖怪がきっと多く現れるであろう。それを僕がまず一足先に探し出し歴史に残してやろうという魂胆でこのニューヨークの妖怪画を描いている。妖怪の本家である日本の絵描き(版画家)だからそれに適しているのではないかと勝手に思っている。

 さて僕はこのニューヨーク展のために全部で30点ほど順に描いていく予定だが、今回もその内の3点を紹介させていただく。大きさは上記したように原画を10倍ほどにした60号サイズなのでA3の原画にさらに工夫を加えてより面白くしようと思っている。

4.妖怪 グランドセントラルターミナル

 グランドセントラルターミナル
 マンハッタンのほぼ中央あるグランドセントラルターミナル(写真右)は老朽化のため一時壊されるところであったという。それをジャクリーヌ・ケネディーが反対運動を起こして改修されることになり壊されるのを救っている。古い駅(1913年)で不思議なことが多い。講内の中央北側には大きな目のような窓が3面あってそこから涙が流れるように階段が下へ伸びている。地下200メートル下にはルーズベルト大統領が作らせたという脱出用列車のプラットフォームがある。一般市民の知らない部分がある駅は、謎の妖怪ステーションのようなものであっただろう。このプラットフォーム、秘密にされていたけれど東西の冷戦も消え1980年代に公表された。

グランドセントラル妖怪
 また、この駅の構内の天井にはプラネタリュームのような星空の天井がある。ここに描かれた星座群は地球から見たものでなく地球の外すなわち宇宙から見たもので逆になっているという。故意に描いたか人が間違えたのかどうか分からない。妖怪のちょっとしたいたずらかもしれない。ほかにもいろいろ面白い不思議がある。こんなことを考慮しながらターミナル妖怪を描いてみた。
写真左:妖怪 グランドセントラルターミナル





5.蝙蝠妖怪 カーネギー

カーネギーホール
 東京の森美術館で開かれている村上隆の五百羅漢の絵は度肝を抜くほどカラフルだ。僕も原画の蝙蝠にいろいろカラフルな妖怪を描き加えてみた。このカネギ―ホールは古今東西のアーティストが使っている非常に有名なコンサートホールだ。
写真右:カーネギーホール全景
古典だけでなくビートルズやポール・アンカ、ベニー・グットマン、日本の山田耕作等もここを使っている。こんなに百花繚乱といえるアーティストが使用しているのだからカラフルにしてみよう思ったわけだ。中心の蝙蝠にはピアノの鍵盤パンツをはかせたりと音楽の楽譜等を加え描いて楽しくしてみた。

写真下:蝙蝠妖怪カーネギー
蝙蝠妖怪カーネギー
 森美術館の村上隆の展覧会は彼の断末魔の叫びが聞こえてくるようで圧巻だ。しかし美術界のプロたちの中には「良くない。大失敗だろう」とささやいている人もいる。僕も絵柄などどこかで見たものばかりで新鮮味がないとは思うけれど、テレビや美術雑誌等であれだけ騒げたのだから展覧会そのものは成功だと思っている。

 今度僕が個展を開く日本クラブのギャラリーはこのカーネギーホールの真向かいにある。以前長く泊まったホテルはカーネギーホールのすぐ西隣のウエリントンだった。大きくて有名なホテルだが古かったのでバスルームの白い浴槽に3㎝程の穴が開いていたりした。水栓を抜いてお湯が流す時には音がゴォーと共鳴して地底の蝙蝠妖怪が騒いでいるのが聞こえたような気がした。こうした偶然も妖怪の挨拶代わりのメッセージなのかもしれない。

6.妖怪ブルックリン橋と北斎

ブルックリン橋
 ブルックリン橋(写真右:全景)は自殺の名所と言われている。この橋の上を一人で歩いているとあの世から妖怪が「早くおいで」と死へと呼びこむのだろうか。僕は幾度もこの上を歩いている。蝙蝠が羽を広げて飛んでいくようなイメージのあるこの橋の中央あたりに来ると、この橋が蝙蝠に変身して、どこかへ連れ去られるような気分にさせられる。そこで思いついたのが北斎の描いた神奈川沖浪裏であった。世界で一番知られている日本の版画作品だ。あまりにも有名な北斎の版画の波は人間どころか富士山までも呑み込んでしまいそうだ。この二つのコラボを考え作品にしようとした。北斎の妖怪波とブルックリン橋のお化け蝙蝠が手をつなごうとする案で描いてみた。ブルックリン橋近くにも大きな波が立つことが在るだろうか。

ブルックリン橋と北斎
写真左:妖怪ブルックリン橋と北斎

 ところで個展開催中には同会場で僕の妖怪についての講演もある。この作品を入り口にして日本の妖怪話にも触れようと思っている。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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