翁長知事の建立した4本爪の龍柱と僕の描いたドラゴンズの5本爪の龍

翁長知事の建立した4本爪の龍柱と僕の描いたドラゴンズの5本爪の龍

那覇市龍彫刻の石柱
 テレビを見ていたら右翼系らしい評論家が沖縄県知事の批判をやっていた。「翁長知事は那覇市に沖縄振興交付金を使って、2億6700万円の龍の彫刻のある石柱を作った。15メートルの高さの石柱を2本、中国の彫刻家と中国の業者に国の交付金を使って発注した。
写真右:那覇市にある龍彫刻の石柱

4本爪の龍の石像

この行為も問題だが、造られた龍の爪が4本なのはおかしい。(写真左) 4本の爪はその昔、中国王朝が属国の証明として造らせ与えたもの。今の沖縄も中国の属国ということか」と言うのがその評論家の言い分だ。



 この番組で流された龍の彫刻の映像を見て、僕は10年以上も前に名古屋芸術大学のゼミ生を使って描いたドラゴンズの龍画を思い出した。
写真下左:星野監督時に描いた5本爪の龍 1999.8.27  
写真下右:中日新聞に掲載された写真と文

星野監督時に描いた5本爪の龍 中日新聞に掲載された龍画

 龍画はドラゴンズを応援するためにドーム球場の入り口や壁面に描いたもので、長いものは50mに及ぶ。星野監督の折に描いた龍画も、落合監督の折も爪は5本にしてくれという要望が届いた。勿論僕は監督の要請がなくても5本爪の龍を描くことに決めていた。

首里城内にある4本爪の龍
 一般的に3本爪の龍はお寺用と言われ、5本指は帝王の龍だといわれている。龍は元来、中国皇帝の権力の象徴とされており、5本爪の龍の図柄は中国皇帝のみが使用でき、朝鮮など中国の冊封体制に入った周辺諸国は4本爪を用いてきた歴史がある。 琉球王朝も冊封を受け、首里城の龍画(写真右)は4本爪である。

落合監督の龍画

写真左:落合監督時に描いた5本爪の龍 2004.3.27

写真右下:落合龍の爪部分


落合龍の爪部分
 それが分かっているから両監督も縁起のいい5本爪で描いてほしいと要求したのだ。優勝を狙うドラゴンズとしては当たり前であろう。ちなみにこの龍画を描いた折はドラゴンズは2回優勝している。ドラゴンズファン達から縁起がいいからまた描いてほしいといわれていた。だが4回描いた後、僕は教えていた名古屋芸術大学を退職してしまったからもうできなくなっている。
 龍を描く場合は縁起物のことが多いから日本では公に描く龍の爪は5本に決まっていると僕は思っていた。ところが沖縄の龍は4本爪であった。きっと知事は首里城等沖縄に残る龍画や彫刻は4本爪だから4本でよいと判断したのだろう。これらの作品は中国王朝へ貢物を持参していた頃のものだから4本爪なのであろう。翁長知事はこのことを知らなかったに違いない。

 このテレビ番組を見て「やばい、彼は追い込まれる」と僕は危惧した。考えようでは制作を請け負った中国の業者あるいは彫刻師が日本を貶めるために4本爪にしたとも言えるし、翁長知事が沖縄を中国に売ったとも言えなくはない。このように目で確認できる分かりやすい、日本を見下すような像があると翁長知事に反感を抱いてる者は、彼を反日本的な人物として人々に訴え反対運動を起こす可能性もある。

 そこですぐに思い出したのは家康がいちゃもんを付けた方広寺の「国家安康」の文字事件だ。
写真下右:方広寺の鐘       右:国家安康の文字
方広寺の鐘 国家安康の文字
家康の名前を安で割ってしまった例の事件で、普通で考えたら別に問題にすべきことでもないが、作った相手に怒りを抱いていれば、それを口実に責任を取れと言える。これによって大阪城の冬、夏の陣が勃発し豊臣家は滅んだ。こんなことでも大事件になりえるなら4本爪の龍はすごい事件になっても不思議はない。もしこの龍柱が本土に立ったら連日のように街宣車がやってくるだろう。まあ本土では作る人はいないであろうが。
 だが今のところ沖縄の4本爪の龍柱事件は大きく広がることはなく静かだ。このことは翁長知事がよほど沖縄人に支持されているか、マスコミが大人の対応をしているからだろう。煽り立てると本土人対沖縄人の紛争になりかねない。これだけは避けねばならない。喜ぶのは中国となってしまう。

 ところで話は変わるが、中国がらみでちょっとした話題を2つ。僕は何度も中国へ行っているが、特に2010年後、立て続けに4~5回中国へ行った。その中で日本の常識では信じられないことが幾件もあった。

中国20元札
 1つ目は偽札の話。人民元の偽札が多く流通していると聞いていたが、まさか自分が持っているとは考えていなかった。ある時大きなデパートで買い物をして、財布にたまっていた20元札を5枚出して払おうとしたら、レジの女性に1枚が偽札だといわれてしまった。偽札出現!これは大ニュース、すぐに警察が呼ばれ僕は偽札を持ちこんだ外国人としてマスコミの取材を受けるぞと喜んだが、彼女は冷静に「これは偽札で使えません」と言って僕に突っ返しただけだった。大きなデパートや銀行では偽札がきちんとチェックされるが、街中の商店では分かっていても流通しているわけだ。勿論僕の持っていた偽札も街の商店で買い物をしておつりとしてもらったものだ。僕は中国らしい記念品として家に持ってきた。
写真右上:上は本物の20元札、下は使い古された偽20元札。銀行や大きなデパート以外ならどこでも使えた。

 2つ目は中国人のガイドに「今日はスモッグで前が見えませんね。」といったら「スモッグでなく曇りです」と言われてしまったことだ。「違う、これは曇りではなく煤煙で公害だよ」と言っても聞き入れてくれなかった。きっとガイドはそのように言うことを指導されているんだろう。30m程先が曇って見えないのに、空にはかすかに太陽らしき影が浮かんでいた。雲っているのなら空が暗くても前方は見えるはずだ。この旅行時の往きの飛行機で中国大陸に近づいたとき、真っ黒な雲の中に突入したように窓から外の景色が見えなくなったのもスモッグの影響だ。でも最近ほどPM2.5が騒がれていなかった頃なので、ガイドも強く否定したわけだ。最近はさすがにPM2.5の影響を隠すことはせず、注意予報を出しているから、ガイドも否定しないだろう。



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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
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