花魁妖怪レディ・ダダ

花魁妖怪 レディ・ダダ

ガガとオノヨーコ
 今年の10月、出版した拙著『妖怪イン・ニューヨーク』の中で、僕は多くの故人を妖怪にしたが、唯一この世に現存するオノ・ヨーコさんを妖怪にしてしまったことに後ろめたさを感じている。それというのも来年僕はニューヨークで妖怪画個展を開く予定なのだ。たとえ彼女が僕の本を読んでいなくてもひょっとして個展会場に来たら(彼女が住むニューヨークのダコタハウスから僕が個展をするカーネギホール前の日本クラブまで数百メートル)「ダコタハウスの猫女ヨーコ」というタイトルの妖怪画に出くわすことになる。僕はどう挨拶すればいいか。「こんにちは」ではおかしいし、「すいません」といったら何か悪いことをしたようにも思える。そう言えば妖怪言葉で「こんにちは」はどう言うのだろうか。「ゲゲゲ!」とでも言うのだろうか。11月30日に水木しげるさんが亡くなった。現在の妖怪のほとんどは水木さんの漫画のおかげでそれぞれのイメージが定着している。しかし彼は、妖怪言語というものは創り出さなかった。これはちょっと残念だ。
写真右上:オノヨーコ主催のコンサートにゲスト出演したガガ

ガガの犬ヨーコ
 こんなことを思いながらオノ・ヨーコのことを調べていたら、あのレディ・ガガのことが出てきた。ガガとヨーコは親交があるらしい。ガガが飼っている黒の柴犬(写真左)の名前が「ヨーコ」であるというし、ジョン・レノンの曲『イマジン』も一部歌詞やメロディーを変えてガガは披露したこともあるという。ガガは犬好きでフレンチドッグも飼っている。僕が思うにガガもその言動からすれば完全に妖怪といってもよい。

 彼女はマンハッタンで生まれ育ち、そこに居を構え、ここマンハッタンにある聖心女子学院を出てニューヨーク大学に入っている。この大学前は元死刑場のあったところで罪人を吊るした木もまだ残っている。数千人を埋めたという墓場のあったところでもある。僕はここの大学で幾度も休憩したりトイレを使わせてもらったりしたが、セキュリティチェックの厳しい昨今なのにガードマンにも一度も怪しまれたことがなかった。妖怪のおかげなのか。墓場があった所だから、地下にでも行けば妖怪に会えるかもと考え、行ったこともある。二階のラウンジからは、正面のかなたにエンパイアステートビルが見え、ここで飲むコーヒーの味は格別だった。

のドレスごみ袋
 「ガガのどこが妖怪なんですか」。僕もガガについては全然知らなかったが、新聞等に寄れば彼女の常軌を逸したメイクやファッション、行動から多くの日本人が彼女について「妖怪みたいだ」と言っているとのこと。例えば彼女がテレビ番組の「徹子の部屋」に登場した折には、黒いごみ袋のような衣装に身を包んで現れたという。
写真右:「徹子の部屋」に出演したガガ

肉のドレス
 またグラミー賞の受賞式には生の肉でドレスを作りそれを着て登場している。僕の感覚では普通の人間の発想を越えている。彼女はオノヨーコを超える妖怪と言えそうだ。
写真左:生肉のドレスを着たガガ






 僕の本『妖怪イン・ニューヨーク』では一話ごとにその話に関した僕のオリジナル妖怪を紹介した。本は出版してしまったからもう新しい妖怪を追加することはできないが、来年(2016年)にニューヨークで個展を開催する際には、ガガの妖怪画も出したいと思っている。そんなわけで彼女の画像をいろいろ見てみたが、載っている顔がすべて違っていてどれが彼女の本当の顔か分からない。
写真下:様々な顔のガガ
レディガガNo.1 レディガガNo.2
 
花魁妖怪レディダダ絵右:花魁妖怪 レディ・ダダ
 このこともまた妖怪的だ。そのため顔は適当に想像して描くことにした。その代り左肩に入れた「TOKYO LOVE」の入れ墨と、彼女と暮らすフレンチブルドッグ犬が着物の裾から顔を出しているのを描き加えることで彼女だということが分かるようにした。
このガガの妖怪、名前は「花魁妖怪 レディ・ダダ」と名付けた。ダダ、あるいはダダイズムとは、ご存知のように1910年代半ばに起こった芸術思想・芸術運動のことで、第一次世界大戦に対する抵抗やそれによってもたらされた虚無を根底に持っており、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴としている。この規制の秩序を破ってこれまでの文化のあり方を変えた点がガガにふさわしいと思い、語呂もよいのでガガの代りにダダにしてみた。
 ガガのイメージを花魁とかぶせたのは、何と言っても彼女の常軌を逸した華々しい存在が花魁を連想させること。そして彼女の履く靴(舘鼻則孝デザイン)が花魁の高下駄をイメージしたものであること。さらにセックスシンボルのスターとも言える彼女の存在は一般の人々には手の届かない性的な存在であった花魁が一番似つかわしいと思ったからである。
日本人の常識から考えるとガガは異常に思えるだろうが、ニューヨークにいると違和感がなくなってきて、違和感がなんとなく親近感に変わってくるのはとても不思議だ。


スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

最新記事
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR