ながくてアートフェスティバル2015を見て

<ながくてアートフェスティバル2015>
を見て

10月3日~25日

ながくてアートフェスティバルパンフ
 長久手市が新潟の越後妻有に負けないような現代美術の祭典をしようとしている。ながくてアートフェスティバル2015(写真右)だ。越後妻有の美術展は国内外で知られ、地元に大きな経済効果ももたらしている。豪雪地帯で知られるこの町は現代美術展の開催地として話題を呼び、芸術家でまず知らない人がいない。世界の美術動向にあまり関心がない日曜画家たちにも知られている。外国の美術家の出展もあり、展示される現代美術の作品を見に海外からも多くの人がやってくる。それだけ魅力的で面白く斬新なのだ。この町の町民の大半がこのイベントに協力的であるとも言う。田んぼの中に巨大なアート作品が点在する風景は興味深い。現代美術などほとんど知らない住民も多いと思われるのに立派だ。

長久手風景
 長久手市は大都市名古屋に隣接した市で文化レベルが高く、越後妻有と比べて条件ははるかに優っている。
写真左:モダンな図書館が見えるきれいな長久手の街の風景
 多くの大学のキャンパスがあり、近くにはトヨタの工場群もある。先回、東洋経済紙で発表された「すみよさランキング」で長久手市は全国の2位(1位は千葉の印西市)になっている。街の安全度、利便度、快適度、富裕度等の合計点から打ち出した順位らしい。もちろんこのアートフェスティバルもその点数に大いに貢献していることだろう。街が広くきれいで住んでる人の文化教育度も高そうだ。
 名物市長の吉田一平さんもこの街の代表的な人。市民のほとんどが何回も市長に直接会って話を交わしたことがあると喜んでいるのは素晴らしいことだ。それだけ市民の中に市長は気軽に溶け込んでいるということだろう。市長は長久手の自然の中に福祉学校や老人ホームをいち早く作った人としても知られる。福祉学校の校舎にある廊下のど真ん中には大木が生えていたりする。100年を過ぎた木は、建築の邪魔になっても、可哀想で切れないのだろう。自然を生かしての校舎作りなのだ。そのため学校にも老人ホームにも自然がいっぱいだ。

 さて美術展だが、以前ギャラリーAPAで会った画家の寄川桂さんからの案内があり、吉田市長さんとも2週間前に電話で話をしたばかりであったため家族全員で作品を見に出かけた。寄川さんは公募展の行動美術に属し、平面的な作品だけしか描いていないと思ったが、こけしのお化けのような作品群も展示し、そのやる気に驚かされた。

写真下左:聚福寺風景      右:聚福寺にある寄川作品
聚福寺風景 聚福寺にある寄川作品
 そのお化け作品は、このフェスティバルに賛同し会場を提供している長久手のお寺の聚福院の境内のあちこちに展示してあった。まず僕たちを出迎えたのは寺の境内に展示してあるあの世へ行く途中にでも出くわしそうな銀色の造花の花や針金でこさえた昆虫などであった。一緒に出かけた2歳の孫もおお嬉しだった。

写真下左:聚福寺にある武田篤胤の針金作品  右:聚福寺にある大村優佳と北村尚子の花作品
聚福寺にある武田篤胤の針金作品 聚福寺にある大村優佳と北村尚子の花作品

 寄川さんは金紙で作ったような等身大のこけしのお化けのような仏像らしき彫刻を10体近くだしていた。上手いというよりこれだけたくさんの大きな作品を制作したのに驚かされた。そのエネルギーには驚嘆する。僕は来年ニューヨークで個展をするが、彼女もこの元気さでニューヨークで個展をすればいいのにと思われる。(ニューヨークへ来てもその90%以上が挫折して帰国するからあまり勧めはしないが)

長久手文化の家内部
 その後寺を出て、メイン会場の長久手文化の家(写真右はその内部)や図書館に出かけた。広々とした施設や美しい街の雰囲気は、さすが日本で2位の住みやすいところであることを実感させてくれる。メイン会場のギャラリー内にも彼女の150号大の油絵2点(写真左下)が展示され、誰よりも存在感を出していた。だがこの抽象画作品は日本特有の、日本にしかない公募展に出すにはよいが、ニューヨークより50年は遅れていると思われるからニューヨークには向かないと思った。

長久手文化の家にある寄川作品
 彼女には自分が一番と思い、周りの絵描きに気を取られず突っ走ってほしいものだ。来年の10月27日からの僕のニューヨーク個展に来てくれれば、少しは僕のニューヨークの知りあいを紹介できるし、30日のハロウィンにも参加して展示してあるような金の仏像に変身してマンハッタンを歩けば皆さんの注目を浴びるし、次なるエネルギーを得られるかもしれない。ニューヨークへくれば自身の遅れた作風に気付き、名古屋のアートの呪縛からも、逃れられると思うのだが。

 僕は絵に関して、僕が考え出した技法やアイデアなど、全て生徒の皆さんに教えている。時々そんなに全て教えてたら、横取りされてしまうから教えない方がいいのではと忠告されることもある。勿論僕のアドバイスですべての人がうまくいくとは限らない。でも僕の自慢は僕が考えたアイデア等を全て生徒達に教えてしまうことだ。だから教え子は多くの全国的な美術展で賞を取ったりしている。アイデアや技法を出してしまった僕は、そのため次なるアイデアを求め、また努力し進歩することになる。一つアイデアを見つけたからと言ってそれにこだわったら芸術は、そして人生は停滞してしまう。芸術は常に前進するべきなのだ。


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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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