CBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」に出演

CBCラジオ「つボイノリオの聞けば聞くほど」に出演

つボイノリオさんと僕
 10月12日、CBCラジオの「つボイノリオの聞けば聞くほど」に出演した。この日は先日発売された『妖怪インニューヨーク』や2年前に出版した『名古屋力・妖怪篇』の話をしてほしいとのことで、僕は朝からCBCのスタジオに出かけた。ひさしぶりのつボイさんとの再会であった。彼は若い。全然老いていない。ということは彼も半ば妖怪かもしれない。妖怪だからか、つボイさんは見た目の若さに加えて、喋るスピードも反応も素早い。
 さて、そんなつボイノリオさんと会うのに、普通態では面白くないとパプアニューギニアの山奥の村で酋長にもらったペニスケースをネクタイ代わりに首に吊るし出かけた。
写真右上:つボイさんと僕。 首にかけているのは酋長から直接もらったペニスケース 
入り口で不謹慎だというスタッフの阻止もなく、すんなりスタジオに入ることができた。CBCラジオ開局以来、ペニスケースが持ち込まれたのは初めてではないか。
 なぜそんなものを首にかけて行ったのか?今日の話は妖怪話。妖怪といえば誰もが知っている水木しげる。水木しげるといえばパプアニューギニア。僕はそこへ10年ほど前に、一人で出かけたことがある。この国の男たちは山奥の部落へ入ると今でもペニスケースをしている。そこで手に入れた代物だ。そんな話を盛り上げようとしてペニスケースをぶら下げて出かけたわけだ。

スタジオ内控室 外から見た録音室
写真上左:スタジオ控室内部  右:外から見た録音室

簡単なシナリオ 剛力彩芽のポスター
写真左上:簡単なシナリオ   
写真右上:ラジオスタッフの部屋に貼られた剛力彩芽の直筆のサインが入ったポスター。僕は彼女のファンなので剥がして持ってきたかったが。


 でも話す相手がつボイさんだと調子に乗って放送禁止語を連発する恐れがあるので、その危険を防ぐため、僕はあらかじめ問答集を作って出掛けた。(だったらそもそもペニスケースなんかぶら下げて行くな!)
この問答集のおかげか翌朝、リスナーからよくしゃべるゲスト出演者だというメールが入っていたという。
 ラジオを聞かなかった人にも大体の話を知って頂けるのではと思い、その問答集をちょっと紹介させていただきたい。妖怪同志のチン友対談だと思って読んで頂くと嬉しい。


尾張の妖怪

○妖怪はいると思いますか?
―いたり、いなかったりですね。つまり妖怪は人の心を反映している。若い時、受験勉強で忙しかったり、好きな子がいて友達になろうとしている時はいなかった。中学2年や高校2年、大学の2,3年生のゆとりのあった時にはいっぱい妖怪がいた。怖かった。水木しげるさんが戦争で行っていたパプアニューギニアへ僕も一人旅で出かけ、妖怪にいっぱい出くわすかと思ったけれど全然出会わなかった。ホテルの部屋の前にギャングが来て「ドアを開けよ」と言われたり、人里離れた部落へ入ったら女の子までが50cmほどの蛮刀を下げていたり、千人ほどの街なのに一晩で40件ほどのギャングが出没したり、危険がいっぱい。そうすると生きるだけで必死なので妖怪の出番はないんです。

○何故名古屋の妖怪を探そうとしたのですか?
―僕は名古屋のど真ん中に住んでいるんだけど、僕の家に突然がまガエルや蛇が出現したり、天井裏に数十匹のネズミが集合したりして我が家には何かあるぞと思った。18歳の折、偶然初めて大枚をはたいて買った烏天狗のお面について調べていくと、実は我が家のすぐ隣に明治まで尾張徳川家2代藩主の光友がつくらせた烏天狗の社があった事が分かり、いろいろ不思議なことが繋がってきて、大いに興味が湧いた。
又僕は大曽根の西にある尼ケ坂と清水の中間の所で生まれた。終戦を小学校1年で迎えているが、親が絶対尼ケ坂の森には近付くなといいまくっていたのは、何故かを調べたくなった。そうすると名古屋城、土居下から尼ケ坂、六所神社、長母寺、守山を抜けて定光寺(尾張徳川家の墓がある)、そして最終的には尾張徳川の天領のある木曽に続く道が、緊急事態が起こった時の落ち延び街道ではないかと思い至った。そのため、幽霊が出る、辻切が出るという噂を広めて皆が近付かないようにした。

金シャチカレー
○名古屋で一番目立つ妖怪は何ですか?
―(僕が創り出したオリジナル妖怪の中では)ドロ金の金シャチです。柿木金助を始めたくさんのドロボーを引き付け、金シャチを降ろすだけで数万の人が見学にやってくる。金シャチを見ているだけで名古屋人はお金持ちの気分になれる。さらに名古屋人は金シャチを見るだけでなく、金シャチに似ているエビフライを食べて気分よくする。近頃はカレーの両サイドにエビフライをのせ金シャチカレー(写真右上)として名古屋名物にまでなっている。金シャチは城の上にいるだけで市民をコントロールしている。正しく妖怪ではないか。これは家康が作った妖怪といえる。

○尼ケ坂やお城以外の妖怪スポットはどこですか?
―八事の興正寺には妖怪7不思議があると言われている。①未来のぞきの井戸(井戸に映った自分を見ると未来の自分が見えるとか)②如来河童(乳首のない大日如来)③叩きのっぺら(石で叩かれて顔が陥没している石仏。叩くと金属の音がする。)④境内は蜘蛛が妖怪に遠慮して糸をはらない。(これは嘘)⑤雷が落ちない(これも嘘。もう三回落ちたことが知られている)。あと二つは分からない。その他に別院の北側にある横井也有の羅塚(爪や頭髪を埋めた)もお化けスポット。彼の句「化物の正体見たり枯れ尾花」はよく知られている。

○妖怪を使って町興しができませんか?
―大須で猫コンクールをしたい。世界から猫の絵や彫刻を集めたコンクールにする。大須にはおからねこ神社や大きなまねきねこ、矢場の化け猫の話等いっぱいある。出品料を取って輸送費個人持ちでも世界中から作品は集まる。大須が活性化して世界的になる。

ニューヨークの妖怪

○そもそも何故ニューヨークの妖怪を描こうという気になったのですか?
―僕は現代美術と妖怪は同じと捉えている。ともに人間の感情、欲望、恐怖、怨念などといった目に見えないものを、形あるものに創造する行為だからだ。ニューヨークは現代美術の殿堂。妖怪がわんさといるはず。
これにはたくさんの同感者がいる。昨年日本の仲間を連れてニューヨークで美術展をやり僕が妖怪画を展示したら、当地の皆さんの反応がすごかった。しかしニューヨークにも妖怪話がいっぱいあるけれどそれが本になったり絵になったりしていないという。今ニューヨークの妖怪を創れば僕がニューヨークの妖怪のルーツになってニューヨークの歴史に残ることになる。また現代都市ニューヨークと古いイメージの妖怪のミスマッチが逆に面白い。そう結論付けたからすぐに調査を始め、昨年は2回ニューヨークへ行って実地検分、10か月近くかかって本にしてしまった。

○ニューヨークで一番妖怪の出るエリアってあるのですか?
―全地域に広がっているけれど、中心はセントラルパークとエンパイヤステートビルにグリニッジビレッジ、ブルックリン橋だ。

○緑や池ばかりのセントラルパークに妖怪がいるのですか?
―公園の木々を見るだけで妖怪を感じる。多くの樹木の幹が何故か人間や動物の顔をしているのだ。またここを例えば南側から北へ抜けようとすると、公園の外を歩けば10分で抜け切れるのに1時間以上かかる。僕は3回も道に迷った。ここには何かある。ネイティブアメリカン(インディアン)の呪いかも。アメリカにヨーロッパ人が入ってからインディアンはヨーロッパ人の持ち込んだ伝染病で7割、白人による西部への開拓運動、居留地への追い込みで殺され合計95%が亡くなっている。イチローはこの公園の中の迷路みたいになった一番人目につかない所でトレーニングしていたとか。弓子夫人が探したらしい。妖怪もイチローには応援をしているわけだ。(公園の大きさは800×4000m)。

○この近くにオノヨーコさんが住んでいるのでしょう。彼女も妖怪なんですか?
―彼女を妖怪と言わなくて誰を妖怪にするのですか。彼女はセントラルパークのすぐ北側のダコタハウスに住んでいる。僕はその建物がどこにあるのか知らなかったが、ハーレム方面から歩けばわかると思って歩き初めた。ジョンが射殺された玄関はすぐに見つかると思って歩いた。射殺の痕跡は何も残っていないだろうが妖怪に関わっている僕には分かるメッセージがきっとあるはずだ。するとビルの垣根に取り付けられた騎士に竜が巻き付いている彫刻が目に飛び込んだ来た。その龍が僕を睨んでいる。龍が守る館にはきっと龍虎の関係から化け猫が住んでいる。ヨーコを僕は化け猫だと思っていたからここがヨーコの住むところだと思った。

○エンパイアステートビルも妖怪の巣なんですか?
―ニューヨークに20年住んでいた僕の友人に言わせると妖怪の一番のエリアはエンパイアステートビルであるという。この屋上で愛を誓うと永遠に結ばれるとか。ここはゾンビの支配しているところ。日本式に言えば付喪神にこのビルはなっているといえる。妖怪やゾンビになれば永遠に死なないから愛も永遠ということらしい。このビルから飛び降り自殺する者は多い。これも飛び降りても死なないと思ってのことだろうか。1945年にB25爆撃機が79階につっ込んだ。79階は破損があったがビル全体はびくともしなかった。妖怪のせい?

○グリ二ッジビレッジはどんな所なんですか?
―あの「ワシントン広場の夜はふけて…」の歌でおなじみの有名な公園があり、ここは元、処刑場所で、処刑されて死んだ人達の集団の墓場でもあった。今でも罪人を吊るした木が残っている。またゲイストリートもあり小説家も多く住んでいた。妖怪に近いエドガー・アラン・ポーやマーク・トウェインも住んでいた。あのポー作の有名な「黒猫」もここで書かれたと言われる。

○ポーの「黒猫」ってすごいよね。僕もストーリーが頭に入って抜けないものね。
―黒猫が嫌われるのはこのあたりではないですか。日本では好かれてますよね。江戸時代は黒猫を飼うと結核が治ると言われていたし、夏目漱石の猫も黒猫だった。中国でも幸運を運ぶと。

○マリリンモンローも妖怪にさせられましたね。
―妖怪ですね。マリリンモンローの納骨室の上の段が4億3千万円で売れた。きっとつボイさんや僕のようなスケベおやじが買ったのだろう。妖怪は妖怪を引き付けるのだろうね。それに彼女は足の指が6本あったとか。毛沢東の妻だった江青も、秀吉も6本だとフロイスや前田利家がいっている。
そういえはヘミングウエイの猫も多くが6本指であったとか。これ等の猫は幸福を呼ぶヘミングウエイの猫と言われているそうだ。

○高倉健もニューヨークと関係があるのですか?
―僕がニューヨークで「ケンカ」という居酒屋へ飲みに入ったら、その店の壁一面に高倉健の大きな肖像画があった。彼が亡くなって49日もたっていない時だった。まだ彼の魂はあの世には行っていない。何故高倉健が妖怪研究家の僕と向き合って酒を飲んでいるのか。わざわざ日本から魂が飛んできたのか。 何かニューヨークと関係があるに違いないと思い調べたら彼の主演映画「幸せの黄色いハンカチ」の原作者がニューヨークの新聞社の記者だった。

○外国人である日本人がニューヨークの妖怪をまとめることはしんどくなかったですか
―日本の怪談「耳なし芳一」や「雪女」等を書いた小泉八雲は外国人だった。外国人の方がより新鮮な目で観察できるのではないか。

○ニューヨークの湾に浮かぶあの「自由の女神」もあそこになんのために立つか分かったとか。
―あの像はフランスがアメリカの独立を祝って贈ったものだが、あれは男であるか女であるかもはっきりせず日本人が勝手に自由の女神と付けたようだ。僕はイスタンブールの地下宮殿に入ったことがある。そこにはひっくり返して柱にされているメデューサ像の柱がある。この像はローマ時代に宮殿の玄関に魔除けとして建てられていたもの。キリスト教時代になり異教の神はいらなくなったから柱として再利用されたのだ。そこでニューヨーク湾に浮かぶ『自由の女神』は、魔除けの意味も兼ねてローマ時代に神殿の玄関に建てられたメヂューサ像をモデルにしたのではと気付いたわけだ。


 ところで来年のハロウィンの時期に僕はカーネギーホール前のビルのギャラリーで個展(10月27日から11月2日)をする。ハロウィンにも何かの妖怪の格好で参加する予定。皆さんもよかったら参加してゾンビコンクールに出ましょう。




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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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