コメダのコーヒーなぜ流行る?

コメダのコーヒーなぜ流行る?

 新年明けましておめでとうございます。今年も心身共に調子がよく頑張って生きようと思っています。ブログも読んでくださって有難うございます。2011年12月26日に1月1日からカウントしだしたブログの回数が1万件になり、これもアーティストとしての励みになっています。ピカソも言っています。「芸術家の真価を決定するのは、芸術家の作品だけではなく人間性である。セザンヌの痛苦、ゴッホの苦悩を伴った生き方、それら全てが芸術家の真のドラマである」と。一昨年亡くなられた美術評論家の針生一郎氏も「私もピカソに100パーセント共感する」と言っていました。23歳のニューヨーク展での僕のデビューから、芸術家としての戦いを続けてきたことが、マイナスではなかったのではないかと思い始めています。芸術家として何ができるかということに対する戦いが僕に目標を与え、健康を保たせているような気もしています。人間生きる目標をなくしたら、もう死を待つだけの生物になってしまいますから。さて固いあいさつはこれくらいにして。

コメダのモーニングセット
 「コメダコーヒーは東京にも進出して流行っているよ」と東京から里帰りした娘が言う。東京の人に言わせると、おつまみが付いたり、モーニングがあるのが嬉しいらしい。写真右:コメダのモーニングセット
 コメダの店で飲むコーヒーはおいしいが、コメダで買ったコーヒー豆を家庭で入れてもおいしくはないとも娘は言う。ではコメダコーヒーの何が人々に好かれるのか。今は引退したが自分もたこ焼き屋やあん巻きの店を出したことのある知人が言うには「名古屋人は味より量の多さで決まる。コメダのカップは大きいから得をした気分になる」と。彼は一度行列のできるたこ焼き屋を名古屋でオープンさせたことがある。中にたこを2個入れたからだと言う。

 又先日、一代で大富豪となった友人とコメダに入って教えられた。コメダのコーヒーカップが前より一回り小さくなったというのだ。そう言われれば小さくなっている。彼に言わせるとコメダはその経営権を数年前数十億のお金で外資系フードチェインに売却した。そして新経営者によるコメダの全国展開が始まった。他県では大きいカップがかえって高級感を削ぐと踏み、小さくした。勿論カップが一回り小さくなれば一回に注ぐコーヒー量は減り、全体としての利益は膨大なものになるだろう。名古屋人は大きければいいが、他ではどうもそうではないのだろう。以前僕はコメダコーヒーが流行る理由が気になって仲間に理由を尋ねてみた。「長く粘っても店員は全然いやな顔をしない」。「落ち着ける広い空間がいい」。「駐車場が広くいつでも止められる」。「勿論量が多いから」だった。さあ何がコメダに客を引きつけるのだろうか。

教え子の米屋の跡地のコメダ 実はコメダと僕の関係は結構深い。コメダは元米屋さんで(だから米ダなのね)名古屋の北区にあり、僕はその米屋の前を通って毎日中学校へ通っていた。教師になり僕が教えていた大曽根中学校にコメダコーヒー店(その頃はもう米屋からコーヒー店になっていた)の可愛いひとり娘がいた。写真上:米屋の跡地のコメダ
彼女は僕の指導する美術部の部長でもあった。退職して名古屋芸術大学へ勤めると、彼女もなんとその大学へ入学してきた。芸大の学生等に「彼女は僕の元教え子だよ」と言ったら、大きなコーヒーチェイン店の一人娘である彼女に対して周囲の学生たちは眼の色を変えて「紹介して」と言ってきた。
コメダのコーヒーカップ
 また僕はカルチャーセンター等で大人にも絵も教えているが、その生徒さんの中に以前コメダで長年秘書をやっていた女性もいる。字が大変うまく、また超美人でフレンドリー。コメダはこの秘書のおかげで業績が延びたのではないかとも思われる。この秘書だった女性に先日、コメダの大きなコーヒーカップをもらった。今この大きなカップは緑色になりアメリカンを注文するお客さん用として使われている。アメリカンは薄いコーヒーだからその分、量を多くしているらしい。普通のコーヒーは前述した一回り小さいカップで出てくる。
写真上:小さくなったコーヒーカップ(白)とアメリカン用の従来の大きさのカップ(緑)乳首の感覚は飲んでみないと分からない。軟らかい材質の土、自然な太い丸みを帯びた曲線は幼い日の印象に導く。
 
 僕はいつも買っているコーヒー粉を、もらった大きなカップで飲んでみた。なんと家で飲む前と同じコーヒーが今までよりおいしくなったのだ。娘夫婦に飲ませても同意見だ。その理由が分かった。そのカップの飲み口が太く厚みがあって、女性の乳首のように感じることだ。「山彊先生、いつもの癖が出て、Hにおもしろく話題を創っているのではありませんか」と友人に言われた。それはない。最近は話を常に真面目にまとめている?
以前、僕は地元のスポーツ紙に毎週2本ちょっとH なエッセーを6,7年書き続けていた。友人もそれがあって僕にそう言ったのだ。これらのHエッセーは僕にとってマイナスになることもあった。この地で現代美術の作家と言えば僕を入れなければ始まらないと自分では思っているが、僕の2、30代の美術家としての活動を知らない人はスポーツ紙の記事からHな物書きと思ってしまうのだ。何でも頼まれればしっかりやる精神が災いしている。
 
 まあとにかく一度このカップで飲んでみてください、癒される気がするから。だが今のコメダのカップは小さくなって(アメリカンコーヒー以外)この女性の微妙なおっぱいの感覚が弱い。もしコメダの業績がダウンしたら、僕の指摘が当たったことになるかも知れない。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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