YOKAI (妖怪) in New York 第31話 妖怪ウォーホル

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第31話 妖怪ウォーホル

 芸術家には妖怪といってもいいような奇人変人が多い。彼等の知性や感性のアンテナは一般人とは違う方向に向けられているように思える。そこで今回は妖怪に最も近い画家は誰だろうかと考えてみた。

ムンク『叫び』  ゴヤやゴッホも思い浮かぶが、ノルウェーのムンクもその生きざまが妖怪に近いと思える。彼の代表作、『叫び』はモナリザと並ぶ知名度だが、簡素な表現でありながら何とも言い難い恐怖や苦悩を感じる。へこんだ頬、まん丸の目と開いた口、耳を覆う手。あの『叫び』は自分が叫び声を発しているのではなく、人間の恐怖の叫びを遮断するために自分の耳を塞いでいるのだろう。
写真右:ムンク作『叫び』
 ムンクは『接吻』という題の作品を描いているが、ポーランドの詩人によってこの作品が『吸血鬼』と呼ばれたため、現在はこの名の方が定着してしまっている。ここに描かれているような赤毛の女は、当時の世界では一般的に吸血鬼とされていたようだ。この題名の変更も不思議といえば不思議だ。またムンクは39歳の折に自分の恋人にピストルで撃たれ負傷している。彼の奇怪な性格がこの事件を引き起こしたとも考えられる。

アンディウォーホルの叫び アンディウォーホル
 奇怪な画家といえばアンディ・ウォーホル(写真右)がいる。偶然にも彼はこのムンクの『叫び』を自分の作品に取り入れ描いている。写真左:アンディ・ウォホール作『叫び』
 彼の生まれはピッツバーグだが、大学卒業以降はずっとニューヨークで活躍している。このニューヨークの妖怪シリーズにぴったりだ。さらに偶然だがウォーホルも女にピストルで撃たれ、弾は左肺、脾臓、胃、肝臓を貫通し生死のさかいを彷徨ったこともある。40歳の時だからほぼムンクが撃たれたのと同じ年の頃だ。撃ったのはウォーホルの仲間の一人で『全男性抹殺団』を名乗る女(メンバーは一人だけ)であった。彼女はウォーホルが好んだムンクが女にピストルで撃たれたことを知っていたのだろうか。不思議な偶然だ。

 ピストルの弾丸がらみではウォーホルの作品に関して面白いことがある。2011年のクリスティーズ(世界最高の競売会)でウォーホル作のシルクスクリーンで毛沢東を刷った作品がこれまでにない高値(約2500万円)で落札された。この作品は米国の有名な俳優のデニス・ホッパーと共同制作品であるということでも値が上がった。どこが共同制作かというと、毛沢東作品を見たホッパーが興奮し、ピストルで2発の弾を作品に食らわせたのだ。これでこの作品は二人の共同制作となり値が上がったわけだ。これも異様な話だ。

キャンベルスープ マリリンモンロー
 第2次大戦後のアートの中心はヨーロッパからアメリカに移っている。中でもこの時代はアメリカ資本主義の大量生産を象徴するポップアートが花開いた時期である。その時代の寵児としてミスターポップアートとも呼ばれた彼は、アメリカ社会に流布するシンボルを作品化した。彼の代表作品はスープ缶(写真左)やドル紙幣、ミッキーマウスやマリリン・モンロー(写真右)など生活している場でいつでも見られる日常的な物だ。これをシルクスクリーンというポスターに適した印刷技法を使い、大量に刷り上げることを始める。 

付喪神
 身の回りの物、どこでも見えるものを作品にしているという点では、江戸時代の日本の浮世絵や妖怪本に登場する付喪神(妖怪)(写真左)に似ている。この妖怪は身の回りにある筆や硯、茶碗等が妖怪になったものだ。身の回りにあるどんなものでも付喪(九十九)年たてば妖怪になるという考えによる。僕は妖怪とアートはよく似ていると考えている。日本人は日常のものから妖怪を創作したが、ニューヨークではそれらからアートを創作したわけだ。

 ウォーホルの作品はしばらくするとテーマにはジェット機事故や自動車事故、エンパイヤステートビルからの飛び降り自殺者など、人間が目を背けたくなるようなものに変わっていく。死刑用の電気椅子まで描いている。

アイアンビル
 日常生活ではウォーホルは銀色のかつらをトレードマークにし、彼のマンハッタンのユニオン・スクエアーのアトリエもアルミ箔や銀色の塗料で塗り上げ、まるで工場のような雰囲気にしている。工場のようだから彼はアトリエとは言わずその部屋をファクトリー(工場)と呼んでいる。ファクトリーはミック・ジャガー(ローリング・ストーンズ)、トルーマン・カポーティ(作家)、イーディー・セジウィック(女優、ウォーホルの多くの映画に主演)など様々な奇人アーティストの溜まり場となった。
写真右上:ウォーホルのファクトリーは現在はなくなったが、かつては写真中央のアイアンビルから北東100mほどの所にあったという。

 また彼はマリリン・モンローと同じく電話魔で周囲にかけまくっていたという。妖怪が乗り移りやすいのも電話等の電波だという。誰かが彼へのインタビューで「好きな人はだれか」と尋ねたら「犬だ」と答えたり、また自分の作品について尋ねられると「魔術」といったという。さらに「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」と答えたのは有名な話だ。彼の作品は包帯が取れれば、中身は何もない透明人間のようなものなのか。妖怪や幽霊もやはり中身はない。銀のかつらをかぶったウォーホルも中身のない妖怪だったのかもしれない。


<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪画を紹介したい。

㉛ 『トマト缶ウォーホル』

トマト缶ウォーホル

 身近なものが神(妖怪)になった。ポップアートの創設者ともいえるウォーホルも身近なものをいろいろ描いている。その代表がどこの台所でも見られるトマト缶だろう。子供部屋へ行けばミッキーマウスかな。それらをウォーホルとミックスして描いてみた。
 銀のかつらをかぶり、胴体がトマト缶のウォーホルはそれらを取り除いたら、何もない透明人間かも知れない。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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