豊川市桜ヶ丘ミユージアムの新収蔵作品展始まる

豊川市桜ヶ丘ミユージアムの新収蔵作品展始まる


新収蔵作品展パンフ
 豊川市にある美術館、豊川市桜ヶ丘ミユ―ジアムで新収蔵作品展が始まりました。
写真右:新収蔵作品展のパンフ

写真下:豊川市桜ヶ丘ミュージアム玄関
豊川市桜ヶ丘ミュージアム玄関


私の作品新餓鬼草子シリーズより
 私の作品『餓鬼草子シリーズ(太郎と花子)』(写真左)も出ています。
これは20歳ごろに抽象画を描き始めてからいろいろな賞をもらい、有頂天になっていた23歳の頃に針生一郎氏に出会い、人生を、人間を考えさせられ制作を始めた作品です。作品の表面の出来だけ追っていた自分に気が付いた反省から生まれたものです。それまでのカラー作品から、墨と白のポスターカラーだけを使ったモノクロ作品に転向しました。人間とその死を追及した作品で、現在研究し作品にもしている妖怪の原点になる作品でもあります。時間がありましたら、是非見にいらしてください。


 ところで豊川市というと真っ先に思い浮かぶのは、豊川稲荷です。だがこの稲荷さんは一般に言われるお稲荷さんでなく、曹洞宗のれっきとした商売繁盛のお寺です。鳥居まで建てられていてとてもお寺とは思えません。いつからこうなったのか定かでありませんが、歴代の住職がこのようにしていったのでしょう。私の家の近くにも蝮除けの六所神社がありますが、今は安産の神社になっています。そうしないとお布施が入ってきません。ぐねぐねした蛇の尾が人間のへその緒に変えられてしまったのです。歴史をたどると色々な事が見えてきます。
 この豊川稲荷はどんな経過をたどったか分かりませんが、逆にこんな変化を受け入れてきたからこそ、この街の人が杓子定規の思考では把握できないような気がして面白いと思います。この寺の本尊は千手観音です。これは千手千眼自在菩薩というのが正式名であると言われています。この仏の手には千本の手があり、その手にはそれぞれ大きな目が描かれているといいます。これは異様な光景です。まるで妖怪です。「妖怪と神は一緒だ」と言う研究者もいますが、私も同感です。

ギャラリー前 展示室内
写真左:展示室前       写真右:展示室内
 このような街の美術館に私の作品が展示されるのはうれしいことです。ここのミュージアムへ最初に来たのは20年近く前で先輩の近藤文雄さんの個展の折だったと思います。近藤さんの作品も妖怪とおぼしき作品であったことが思い出されます。

鈴木三五郎画伯の作品
 今回の展示作品の中には鈴木三五郎さんの静物画もあります。彼は私の大学1,2年の折の主任教授でいろいろ叱られたことを思い出します。なぜ抽象画を描くのか、なぜ油絵具以外の材料を使うのかと注意されました。先生に従順だった同級生たちは今でも油絵具で静物や風景を描いています。
写真右:鈴木三五郎画伯の作品

我妻碧宇画伯の作品

また北川民次さんとは50年ほど前いろんな会で一緒だったけれど、こんなに偉くなられるとは思いませんでした。 日本画の我妻碧宇さんは叔父(現スポーツのアルペンの社長の祖父)の家に作品を持ってきては「いくらでもいいから買ってくれ」と言って幾度もやって来たらしいです。そのこともあって両親は僕が絵描きになることに大反対でした。貧乏をさせたくなかったのでしょう。このような思い出がいっぱいある人たちと作品を並べることが出来ることはうれしいことです。
写真上:我妻碧宇画伯の作品


 思い出といえば小学校の頃から「豊川は太平洋戦争の折、米国のB29に何回も爆撃をくらいたくさんの人たちが亡くなった」とよく聞かされました。ここには日本軍の海軍工廠があり、1945年8月7日10時30分、サイパン、テニアン、グアムから飛来したB-29爆撃機124機の爆撃を受け、30分間に250kg爆弾3,256発(約800トン)が投下され工廠は壊滅したということです。亡くなった人は2500名程と言われています。広島に原爆投下した次の日に余った爆弾を捨てていったように感じられなくもありません。

弾薬庫跡
 この海軍工廠跡は、一部が名古屋大学の太陽地球環境研究所になっていて私も数回訪れ当時避難するためにほられた防空壕や弾薬庫等を見ることが出来ました。
写真右:今も残る弾薬庫跡
 院生になった息子がここに数年居て、案内をしてもらった事で中に入れたのです。桜もきれいなこの街はそんな思いでもあって、私は大好きです。


   

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過日は「いまじん」で御著書頂き有り難うございます

又、その折には興味深いお話もお伺いでき有意義な時間となりました。

偶々口にした堀江良一さんと懇意でおられること、こういう偶然を私の身近な言葉で表しますと仏縁と申せましょうか。

ブログ拝読致しました。抽象絵画について大学時代の先生とのやり取りが一番目を惹くことでありました。
自己に主体をおいて考えますと表現手段は副次的になりますので、そういうことかなと推測致した次第です。

豊川はお稲荷さんに行ったことがありますが、些か遠いので、思案です。(美人がそばに乗れば、遠いのがプラスに変じます~同行してくれるのはお位牌ぐらいか)

ご承知かも知れませんが、曹洞宗は座禅だけでは人が集まらないので、第4代瑩山禅師が加持祈祷を始め教線を拡大していきます。僧堂では出来ませんからお稲荷さんを祀ったのであろうと思います。曹洞宗のお寺ではお稲荷さんがあるのが普通です。
表の顔が禅なら裏の顔が祈祷です。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
カウンター(since2011.1.1)
プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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