おかしいぞ、中学の先生(川崎市の中一殺害事件)

おかしいぞ、中学の先生(川崎市の中一殺害事件)

 3月8日、川崎市の多摩川河川敷で中学1年生の上村遼太君が17,18歳の者たちに殺される事件があった。最近、国や県が事件の原因や経過などを調べた検証結果を新聞等に発表したが、みな奥歯にものの挟まったような、ぼやけた言い方だから、ここで僕の思い、あるいは僕ならこうする(した)というやり方を書かせていただく。
また、検証結果が煮詰まってきている今、そろそろマスコミもこの事件の検証連載を打ってもいいのではないかとも思っている。

 上村君は殺されるまでの数か月、加害者に中学校へ行くなと言われ休んでいた。休みが続けば先生は必ず連絡をとる。取らねばならない。そのため中学の先生は電話や家庭訪問をして本人の現状を把握する。ここの中学の担任は5,6回ほど家庭訪問したが本人に会えなかったと言っている。これで責任は逃れられると思っている。「バカヤロー!それで学校の先生か。会えなかったらそれはしないことと同じことだ」と怒鳴ってやりたい。僕は中学の教師を30数年やっていたがこんな担任がいたら職員会で糾弾するだろう。家庭訪問をするだけだったら誰でもできる。行ってまずはその生徒と会ってこそ家庭訪問といえるのだ。
 この学校の先生は皆腐っている。担任にやる気がなかったら、学年主任がいる。二人ともダメ人間としたら生活指導の先生がいる。最後には校長や教頭が控えている。彼等もダメだったら他の先生が彼らに意見をしてやってもいいし、僕のように職員会で話し合うこともできる。これらすべてがこの学校では機能していないわけだ。これを追求しないマスコミも人間愛がない。ほっておけば次にまた同じようなことが起こるのに。

僕らにできる教育革命
 この名古屋市でも以前、仲間に5000万円カツアゲをくらいその口封じのために殺害されかかった生徒がいた。(これに関しては『僕らにできる教育革命』でくわしく僕は検証した)その数年前には西尾市の大河内清輝君が追い込まれての自殺事件もあった。(写真右)
 この頃僕はCBCの中島公司アナと仲が良く、その彼の紹介で報道の記者が中学教師である僕にインタビューした。「加害者も被害者生徒も先生に何も話しません。そんな中どうすれば事前に防げるのですか」と訊かれた。「生徒が先生に話してくれないのは先生に聞く気がないからですよ」とあっさり僕は答えた。驚いたらしい記者は「どうすると話してくれますか」とすぐに質問してきた。「生徒たちと人間関係を結ぶことです。俺は先生だ。教えなさいでは誰も心を開かない。また立場上だけで上っ面のことだけ聞いていては、こんな先生に話したら、自分は仲間の生徒からもっと危険な目にあわされると思ってしまう。こういう子は母親がいない子が多い。だったら晩御飯を作りに行ったり、時には銭湯へでも連れだしたらどうだろう」と返答をした。
 口先だけだったら誰でも言える。いくら先輩アナの紹介でも調子が良すぎると思ったのか、「先生何を言っているのですか。そんな先生がいるはずがないでしょう。めちゃ言ってはいけません。そんな先生を一人でも知っていますか」と半ば怒って若い記者は僕に質問をした。「僕がいつもやっているよ」と答えたら一言も返答できなかった。まだ納得できていない感じだった。この記者も前述のような教師から教育を受けたに違いない。テレビでは僕のコメントはカットされた。きっとその記者は僕の言葉を信用できなかったに違いない。世の中すべて人間性を無くし、自分の仕事に誇りを持てなくなってしまったのか。お金のためだけに働いているようだ。

 ところで、銭湯へ連れて行くための口説きの方法はいくらでもある。僕は家庭訪問をしてその生徒に会えない時はいつまでも玄関で座り込む。それを外から帰った生徒は家に入れないから早く帰ってくれないかなと願い、隠れて様子を見ている。だが最後には諦めて僕の前にやってくる。そして「先公、なんか用でもあるんか」とむっとしてしゃべりかける。「君を家の前で待っていて夜の10時になってしまった。今から一緒に家に入って、父さんや母さんと話し合いをしたら12時を過ぎて家族に迷惑をかける。先生は銭湯へ行きたくなった。一緒に付き合わないか」。銭湯では生徒と背中を流しあう。僕はこれを数10回はやっているが断って付いてこなかった生徒は一人もいなかった。これで二人の関係は繋がり話が聞けることになる。

中学が爆発する
 夕刻時に親がいない生徒宅での飯作りはもっと簡単だ。スーパーで材料を買いこんでその生徒の家に行く。生徒がいなくても妹や弟がいると家に入れてくれる。僕は勝手にカレーライスを作る。そこへ生徒が帰ったら「センコー、勝手に何をするか!」と殴られるかもしれない。そうならないようにクラスの中のリーダー格で人望のある女生徒二人を手伝いに連れていく。彼は殴りかかるのをあきらめる。部屋を見ると妹や弟が先生の作ったカレーライスをニコニコ顔で食べている。もう僕のペースだ。 
 僕と悪ちゃんたちとの奮戦記は中日新聞で33回に渡る連載になり、その後それをまとめたものが本になって出版された。(写真左上)僕の話題は当時国会の教育審議会でも取り上げられた。

 ところで僕が中学の教師になって3年目、若いからと押し付けられて問題生徒の担任にさせられた折、校長から忠告された。「問題生徒がいたら深入りするな。電話をかけるぐらいにしておけ。それで世間は納得する。他の先生ができないことをすると嫌われ、君の人生がなくなるぞ(校長にはなれないぞ)」と言われたことを今でも思い出す。面倒なことは避け、事なかれ主義でやっていく、この精神が今も教師の間では蔓延しており、川崎市の中学校の先生もそういった人が多かったのではないだろうか。
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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