YOKAI (妖怪) in New York 第25話 カーネギーホールと地獄の台所

YOKAI (妖怪) in New York
第25話 カーネギーホールと地獄の台所

カーネギーホール入り口
 マンハッタンのカーネギーホールといえば音楽芸術の殿堂としてその名を知らぬものはまずいない。僕ももちろん名前は知っていたが、ニューヨークへ来て何度もこのビルの前を通ったのに、ここがそうとは知らずに通り過ぎていた。
写真右:カーネギーホール入口
 古い堂々とした建物だがそれがかえってマンハッタンの街並に溶け込み、特に派手な看板なども掲げていないので(もし掲げていたとしても高い位置なので見上げなければ気が付かない)気付かず通り過ぎていたのだ。だが2014年、この前にある日本クラブで美術展をし、すぐ隣のホテルで8日間も滞在する羽目になったことでカーネギーホールに対する見方が変わった。尾張の妖怪を暴いた僕にここの妖怪も無視するなと言うメッセージかもしれない。

カーネギーホールエントランスホール カーネギーホール内 (170x127)
写真左:カーネギーホールエントランスホール
写真右:客席から舞台を見る


 「演奏のためカーネギーホールのピアノに向かった折、一瞬このピアノにはどれだけの天才奇才が触れたのだろうか、ひょっとしてその人たちの怨念が襲ってくるのではと考えてしまった」と語ってくれたのはこの中部地区で活躍しているピアニストの佐々木伃利子さんだ。僕がカーネギーホールの話をしたら自分の体験を話してくれた。さらに「舞台に置かれたピアノに向かう間の暗い空間がその気持ちをより培養しているように感じられたの。その時の写真があったら送ってあげるわ」とも言われた。また「山田さん、妖怪を調べているのでしょう。だったら‘死のバイオリン’と言われるものがあるのをご存知?」とも訊かれた。  

呪いのバイオリン (201x300)
 これは現在、ノルウェーのベンゲル博物館に所蔵されている‘チェリーニのバイオリン’のことだそうだ。このバイオリンは1559年、枢機卿が男装の美少女と出会い、その彼女のために作らせたもの。あまりにも出来がよく命を吹き込まれてしまったらしいこのバイオリンが、美少女の生を奪うというお話だ。その後のこのバイオリンは数奇な運命をたどることになる。このバイオリンを手にしたものが次々と亡くなったり、不幸に陥ったりしている。従ってその悲劇を繰り返さないために博物館に所蔵させ、その怨霊を封じてしまったようだ。写真右:呪いのバイオリン
 佐々木さんはピアニストであるがこのカーネギーの雰囲気からこの呪いの妖怪バイオリンの話を、古びた鍵盤を前にして思いだしたに違いない。

 ここカーネギーホールでは、一般人にもなじみがあるところでは、ベニー・グットマンやポール・アンカ、日本人では古い所で山田耕作、現代では小澤征爾などは70回以上もタクトを振っている。そういえばビートルズも初めてここでロックコンサートをやっている。長年ここに住みついている妖怪はたまげたのではないか。すごいのはビートルズがカーネギーホールで演奏をしていた10分間、ニューヨークの犯罪はゼロであったという。ほとんどの者がテレビを見るかラジオにかじりついていたことが分かる。ビートルズは妖怪以上の妖怪かもしれない。

カーネギーホール
 僕はここカーネギーホールにも何か妖気があるに相違ないと思った。1891年建設のカーネギーホールは建てから120年以上経ているから妖怪が住みついていても不思議ではない。写真左:開設当時のカーネギーホール
カーネギーが亡くなった後、カーネギーの未亡人が不動産開発業者に売却し存続が危ぶまれることもあったが何故か助かっている。

 僕の泊まったホテルは、前述のごとくカーネギーホールのすぐ隣にあった。このホテルの建物も古く雰囲気があり、朝食のソーセージは最高の味で今でも思い出す。このホテルはどうも地下でカーネギーホールと繋がっているようだ。そのためか僕と一緒にこのホテルに滞在していた金沢の版画家は真夜中に突然電話が鳴ったり、電気がついたりなど不思議なことが起こったと僕に語ってくれた。妖怪はこれら空間を飛び交う電波や音波に反応しやすいと言われる。私も毎夜浴漕に浸っていると、その浴槽の欠けた暗い空間から吼えるような音がし、まるで「俺たちを描(書)け!」と言っているような気がした。下水管が地底と繋がっているのか。
 こんなことをその折、展覧会をさせてもらっていた日本クラブの本多さんに話し、ついでに僕の名古屋の妖怪本の話などもした。そして「ニューヨークの妖怪の絵や文を書きたいのだけれど、これまでにまとめた人はいるかな?」と彼女に尋ねてみた。「いないと思うけれど山田さんが描かれるなら、私のできる範囲内でお手伝いをしてもいいですよ」との返事をもらった。これで僕はニューヨークの妖怪の文や絵を描こうという気になった。

 この日から僕はニューヨークの妖怪のとりこになった。そしてたまたまテレビで放映された『アイ・アム・レジェンド』を見てびっくりした。
アイアムレジェンド1  アイアムレジェンド2
写真上:映画『アイ・アム・レジェンド』
その最初の画面は人類がほとんど絶滅して人一人いなくなったマンハッタンの昼間の情景だ。そこに犬を連れたウイルスミスが立っている。前方にセントラルパークが見える廃墟のストリート。なんとこの映像は正しくカーネギーホール周辺で、僕の泊まったホテルも中央に映っている。なんという偶然だろう。この映画はウィルスによって人間がダークシーカー(バンパイアかゾンビの様な妖怪)へと変化し、人間を襲って食べるというものだ。この偶然はやはり何かの兆候としか思われない。

ヘルズキッチン
 カーネギーホールから一本道を西へ行った8番街以西は昔から「ヘルズ・キッチン」(死の台所)と言われ奇怪な事件が多発している場所であるらしい。ギャングが多く住みつき、かつてはマンハッタンで一番危険なところと言われた。多国籍のレストラン街があったことから来た名前らしい。
写真右:現在のヘルズキッチン

 こんなことを頭に入れながら僕は、カーネギーホールへ入ったことがあったけれど、建物の中では妖気や恐怖感は感じられなかった。しかし僕がバルコニー席から客席を眺めた折、人形を抱かえた女性がいて、この人がすごく気になった。実はカーネギーホールの近くには飛び降り自殺した黒人女の亡霊が出て、あの世へ同行させようとする、という噂がある。この付近には航空会社関連のスチュワーデスらが泊まる指定ホテルがあり、彼女らはベッドの脇に人形を吊るして防御のため自分の身代わりにするという。カーネギーホールの周りにも様々な妖怪が巣食っているようだ。


<ニューヨークの妖怪シリーズ>

 さて今回も上記の話に因んだ僕のオリジナル妖怪画を紹介したい。

㉕ 『妖怪 カーネギー』

妖怪カーネギー


 ニューヨークが世界に誇る音楽の殿堂カーネギーホールの近くには妖怪がうごめいているらしい。カーネギーホールもいずれ妖怪の殿堂になるかもしれない。そんなことを考えて、カーネギーホールの建物はちょっとかわいいピアノの鍵盤パンツをはいているバンパイアにしてみた。

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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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