幻となった父娘「神奈川県美術展」同時入賞

幻となった父娘「神奈川県美術展」同時入賞

神奈川県美術展パンフ
 僕の娘は神奈川県に住んでいて、そこで働いている。先々月のゴールデンウィークに孫を連れてやって来て「来年から育児休暇を終え職場に復帰するともう絵を描いている余裕がなくなる。最後のチャレンジとして神奈川県美術展に出したい」と言ってきた。写真右:神奈川県美術展パンフ

 神奈川県美術展は昨年から全国公募になり、大賞賞金も200万円になった。かなりレベルが上がる筈だ。全国コンクールになるまで娘は数回入選をしている。「お父さんと一緒に出せば賞は取れなくても父娘同時入選、ひょっとすれば同時入賞で(こちらはもう冗談)マスコミが取り上げるかも」とも言われ、そうか、そういう面白さもあるなと思い40年ぶりぐらいでコンクールに出してみた。もう賞は関係ないとしても、自分の作品が今の若者たちの作品に交じって展示されてどう戦えるかを見たかったこともあり、2年前に描いた妖怪画の半分を切って150号にして出品した。
 結果、僕は入選したけれど娘は落ちてしまった。ここで父娘同時入賞or入選が幻となった。

写真下左:僕の作品(一番左) 150号が小さく見える。みな大きな作品ばかりで運搬や保存が大変だろう。
写真下右:自作の前の僕。2年前に描いた作品だ。まあこの作品なら若い画家たちとも十分に戦えると思っている。

僕の作品(一番左) 自作の前で
 
会場風景
写真右:美術展会場風景
 神奈川県美術展は、今日本の美術コンクールの中で一番レベルの高い美術展の一つではないだろうか。このコンクールは外国の美術展や日本の大きな美術展がそうであるように洋画、日本画、版画、彫刻、等を区別せずにそれらをまとめて一つの「平面立体」部門の美術作品として審査をするのだ。(全部で4部門があり、他は工芸、書、写真だ)こうなると創造性に乏しい日本画等の伝統芸術は他の作品と勝負できず、100点弱の入選中2点程しか入っていなかった。他のファイバー(織物)アートやキネティック(電気)アートといったものも見本として1点が入っているにすぎなかった。版画も小さくて見ごたえがなく3点程の入選だった。
 その中に僕の版画教室の生徒が一人っていた。彼女は今年、春陽展で大賞をもらい、世界で一番入選がむつかしいと言われる高知国際版画トリエンナーレにも今年入選した。版画のレベルは日本が世界で一番と言えるので日本で一番ということは世界で一番ということになる。その日本でもかつては東京国際版画ビエンナーレ、和歌山国際版画ビエンナーレ(1985年の第一回和歌山国際版画ビエンナーレ展で僕は大賞を受賞した)という世界に通用する版画展があったが、それらがなくなって今は高知国際版画トリエンナーレが難関の版画展として残っている。
 この高知国際版画トリエンナーレには彼女以外に3人、僕の教室の生徒が入っている。「山田教室は何故次々と賞を取る版画家を輩出しているのですか」といった質問をよく受ける。それは皆さんやる気ある人が多いからだ。けれど僕の教えることも少し影響しているかもしれない。いろんな美術教室で教えるほとんどの先生は自分の作品の真似をさせるだけの人が多い。もしその先生のレベルが大したことがない場合、生徒はそれを越えられないのでどうしようもない。私は人のやっていない技法を紹介し、芸術は模倣でなく創造であると言う当たり前のことを教えているだけなのだ。

 ところで神奈川県美術展だがこの創造の精神で審査が行われていると言ってよい。凄くうまいけれどどこかで誰かがやっていたと思われるものはほとんど入っていなかった。下手だけれど可能性があり自分の世界を持っている作品や超個性豊かなものが入っていた。

大賞作品 準大賞作品
写真上左:大賞作品(小学生が描いた様な作品だ。僕は斬新で面白いと思う。けれど名古屋のほとんどの画家は美術の最先端の動向を勉強しようとしないからこの受賞に同意できず戸惑うだろう)
写真上右:準大賞作品(2メートルほどの大きさで誰かの真似をしたものではない。これも一般の彫刻家は理解不能だろう)


 ここでの大賞作品や準大賞作品などは、もし日展、二科展と言った公募展に応募していたら真っ先に落とされるだろう。逆に日展や二科展等公募展の作家はこのコンクールでは誰も入選しないであろう。僕の娘の作品はかなりうまく公募展なら賞を取っただろうが、このコンクールではいまいち個性に欠け、選を逃したと思われる。普通の美術展、あるいは地方の美術展ならこれで文句なく入選だが。神奈川県美術展を甘く見た。

写真:会場内の作品群
下左:牛の彫刻(製作費だけでも100万円はするのではないか)
下右:額縁にボロ?布を巻いた作品

牛の彫刻 額縁に布を巻いた作品

1960年代、世界的な芸術の新しい波が押し寄せ、日本でも現代美術の革命が興った。次々と新しいアートが生まれ、ヒーローアーティストが現れたが、今はそれらのアイデアを焼き直して使い、うまくまとめて描くだけになっている。その停滞に気付いた若い芸術家やその関係者たちがこれからの新しい美術の歴史を創っていくのではないか。その変化の片鱗をこの美術展で垣間見た気がした。

大きなおにぎりのような石の彫刻作品
写真左:大きなおにぎりのような石の彫刻作品
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プロフィール

絵描きの山彊

Author:絵描きの山彊
山田彊一プロフィール
1964「ニューヨーク,日本人アーティスト14人展(最年少で選抜される。脇田和氏らと) 
1967 第6回シェル美術展(佳作賞)
1981 第3回中日美術展(大賞)
1982 第4回エンバ美術賞展(優秀賞)
1983 第5回宇部絵画トリエンナーレ展(優秀賞)
1984 第5回大阪現代版画コンクール展(優秀賞)
1985 第1回和歌山版画ビエンナーレ展(大賞)
1986 第2回IBM絵画コンクール(大賞)
1989 第11回エンバ美術賞展(準大賞)
1995 第1回中国・北京現代展(優秀賞)
1997 第8回大阪トリエンナーレ展(特別賞)
<著書>
『そして地獄・そして芸術』(ギャラリー安里)
『中学が爆発する』(風媒社)
『きしめん紳士が行く』(風媒社)
『ナゴ・ナラ』(アドア出版)
『おもしろ老後生活術』(黎明書房)
『ピカソはやっぱり名古屋人』(アドア出版)
『僕らにできる教育革命』(アドア出版)
『名古屋力 アート編』(ワイズ出版)  
『名古屋力 妖怪篇』(ワイズ出版) 
『妖怪インニューヨーク』(ワイズ出版)等                   

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